シンガーソングライター篠原美也子のオフィシャルウェブサイト

遥かなる〜ラグビーワールドカップ2015-2019〜

まえがき

 いろいろなところで話したり書いたりしてきたが、私がラグビー式フットボールというスポーツに出会ったのは97年。当時代表監督に就任した平尾誠二さんがあまりにカッコよかったから。ルールなんて全然知らず、あわよくば平尾さんをひと目見られないかしらというミーハー根性丸出しで突っ込んだスタジアム。そこで私は、楕円球をめぐる陣取り合戦を生まれて初めて生で見て、そして恋に落ちた。もう20年以上前のことである。

 大学生、社会人(現トップリーグ)、選手権。秋の初めから冬の終わりまで、週末の秩父宮、あるいは旧国立競技場通いが始まり、99年、音楽家としてのキャリアが一旦終わってからもそれは続いた。神宮外苑の空を横切る白いボールを眺めながら私は底値の時期を乗り越え、幸運にもまた歌い始めることができた。

 子供が生まれてスタジアムから足が遠のき、手が離れてまたすこしずつ、という頃に迎えたラグビーワールドカップ2015イングランド大会。9月に開幕を控えたその夏、私は初めての著書となるスポーツ観戦エッセイ集の仕上げに追われていた。折しも国立競技場建て替え問題が勃発し、ラグビーファンとしてなんとなく悔しかった気持ちを書き下ろし最後の一編にまとめ、その後本大会を見ながら描いた日本代表のイラストがカバーになり、「スポーツに恋して」はその年の11月、無事世に出た。

 満月から満月へ月がめぐるごとく、あれから4年。ラグビーワールドカップ日本大会開幕まで、あと3日。

 つい先日、前回大会、あの世界中がのけぞった南アフリカ戦のリプレイ放送を見た。そこでキック、次にあのパス、スクラムから右に開いてアタック、そして左へ。全部覚えてるのに、やっぱり泣けて仕方なかった。人生には、ごく稀にこういうことがある。その記憶だけで一生生きていける、そういうものを見てしまうことがある。私はあの時、あの試合を見てしまった。そのことに、ただ感謝する。そして、いま再び自分に檄を飛ばす。勝ちでも負けでもない、勇敢であれ。

 18年1月に閉鎖となってしまったが、それまでほぼ10年近く、個人的に、スポーツナビプラスという素人のスポーツネタ限定ブログのポータルサイトを利用しており、リアルタイムで見て思ったことを覚え書き的に書いていた。南アフリカ戦みたいな試合は一生にいちどだから、と過度の期待をなだめつつ、でも今回も良い試合をと願いつつ、4年前スポーツナビプラスに書いた4つの走り書きを、久しぶりのノーコンエッセイとして、またものすごいささやかでしかも僭越ながら篠原美也子的ワールドカップ開幕スペシャルとして掲載させていただこうと思う。ワールドカップ史上初めて、3勝を挙げながらグループリーグ敗退となった勇敢なチームへの短い恋文。興味のある方も、そうでない方も、感傷的ウォッチャーの声が裏返っちゃってる感じをご一読いただければ幸いである。

 15年の夏は、慶応大ラグビー部を率いた上田昭夫さんの急逝に呆然とした夏でもあった。そして、それからたった1年3ヶ月で平尾誠二さんも失うなんて、思ってもみないことだった。空の上から俯瞰で見るラグビーって、どんなだろう。いよいよですよ、日本でやるんですよ。見ててくださいね、祈っててくださいね。

 あれから4年の日本代表と、ラグビーという美しいスポーツに愛を込めて。遥かなる楕円球のゆくえに目をこらす日々が、始まる。

2019.9.17 update


ラグビーワールドカップ2015イングランド大会
予選プールB

第一戦 9月20日 ブライトン・コミュニティ
南アフリカ●32-日本○34

「勇敢な選択」

 ゴールラインまであとわずか、という地点で南アフリカのペナルティ。スコアは29-32。時計はもう80分を回って、おそらくラストプレイ。少々角度はキツイけど、ペナルティキックで同点を狙うか。それとも。

 日本代表が5メートルラインでのスクラムを選択した瞬間、涙腺が決壊した。ああ、彼らは勝とうとしてる。善戦で終わる気なんかない。世界3位、二度のワールドカップ優勝を誇るスプリングボクス相手に、引き分けではなく勝ちに行った。この勇敢な選択の瞬間、試合は極まった。あとはただ、いるのかいないのかわからない神さまに、祈った。

 この夏、ワールドカップを控えているというのに、ラグビーにとってはなんだか悔しいことばかりで、楕円球の古いファンとしては愚痴ってはいけないと歯を食いしばりつつ、くそーやっぱ人気ないってつれーなー、とつい思ってしまうことが多くて、だから、選手やスタッフが腐らずにモチベーションを保ち続け、こんないい試合を見せてくれたことがほんとうにうれしかった。誇らしくて、誇らしくて、ノーサイドの笛の後も、深夜のテレビの前で泣きながら、ありがとうでいっぱいだった。

 体格に応じた15のポジション。ボールを決して前に投げず、でも前進するという哲学。そして、勝ち負けではなく、勇敢さを以って旨とする精神。日本代表が、ラグビーの精神そのものとして世界中のラグビーファンの記憶に刻まれた日。あきらめずに、ぶつかり続けること。倒れたら起き上がること。何度でも。普段は忘れている、でもとてもよく知っている美しいものが、そこにはあった。ああよかった、ラグビー好きで、ほんとうによかった。

 落ち着け、あたし(笑)。まだ始まったばかりですから! 中三日でスコットランド戦はキツイけど、またいい試合を見られますように。いまはまだ、ちいさく、乾杯。地上波で生中継しようっていう勇敢な放送局がないのはほんとうに悔しいけど。(9/20update)


第二戦 9月23日 キングスホルム
スコットランド○45-日本●10

「リロード」

 世界中があっと驚いたジャイキリから4日。ラグビーワールドカップ、日本の第2戦は、いろいろな意味で悔しい敗戦だったけれど、こうなるともう技術論戦術論、あるいは日程どうなのよ的な仕組み論となるので、私のような単なる感傷的ラグビーファンに言えることはなんにもないなあという感じである。

 「幸福な家庭はいずれも似ているものだが、不幸な家庭はさまざまに不幸である」と、トルストイは書いた。私は常々、逆じゃないかなあと思っていて、それはたとえば、「勝利はさまざまに勝利であり、敗北は一様に敗北である」といった具合だ。小さなミス、小さな不運、相性の良くないレフェリー、掴んだと思った尻尾を逆に掴み返され、もう一歩攻め切れずもう一歩守り切れず、なぜかと聞かれて選手もHCも認めなかったけれど、死んでも認めないと思うけれど、劣勢でひびの入った心に雨のように沁み込んで重さを増した疲労。共鳴し連鎖するネガティブ。ああ、負ける時ってこうよね、という材料だらけだった。

 美しい場面もあった。五郎丸選手の、前半終了間際のタックルもそうだったし、足を痛めたあと、2度にわたる壮絶なアタックでなお突破を試み、ついに立ち上がれなくなったレレイ・マフィ選手も見事だった。昨日も明日もない。ただ、現在に誠実であろうとすること。いいものを見たなあと感謝する。代償は大きかったけれど。

 後半の後半、堰が切れたように失点し、途方に暮れたように立っていた主将リーチマイケル選手の姿も忘れられない。両膝は、土に汚れて真っ黒だった。あの泥だらけの膝小僧が、なぜか忘れられない。

 負け惜しんでも仕方ない。でも負けたから黙り込むのも悔しい。やはりスポーツ好きの友だちが、いいこと言ってた。

 ーー10年前の自分に、「10年後、日本人がACミランの10番つけて、テニス全米オープン決勝を戦い、ラグビーW杯で南アフリカに勝つ」と言っても絶対に信じない自信がある。

 めっちゃわかるぞ(笑)。

 2戦終えて1勝1敗。まだあとふたつある。繰り返しぶつかりながらボールをつなぐ。倒れたら起き上がる。しかも出来る限り素早く。リロードと呼ばれる連続攻撃。Japan Way。

 私も素早く起き上がらなくちゃ。応援だってJapan Wayで頑張らなくちゃ。次のサモア戦へ、気持ちはまだまだつながっていますとも。(9/25update)


第三戦 10月3日 スタジアムMK
サモア●5-日本○26

「あとひとつ」

 第3戦、サモアに快勝。こうなってしまったらしまったで、もう私ごときに言えることは何もないわけで(笑)。

 よかったなあと、ただただ思う。報われるひとを見るのはうれしい。たとえそれが自分にはなかなか起きないことだとわかっていても、積み上げた果てにそういうことがちゃんと起きるんだという場面を目撃することは、やっぱりうれしい。くるんとターンして華麗にダイブしてトライの山田選手。桜模様のヘッドギアで果敢にアタックし続けたホラニ選手。どんな時も獅子奮迅の主将リーチマイケル選手。みんな、とても素敵だった。

 期待が確信に変わると、まわりのいろんなことが急にリアルになってくる。計算したり、未来を思い描いたり、欲が深くなる。あとひとつ。うっすらとせつない幕切れが透けて見えてくるけれど、いま、とても好きよ、というだけの気持ちで、最後まで見届けたいと思う。もう忘れて久しい、恋、にも似た気持ちで。(10/5update)


第四戦 10月12日 キングスホルム
アメリカ●18-日本○28

「最強の敗者として」

 サモアに勝利した翌日、近所のドラッグストアに代表ジャージを着たおじさんがいた。結構年配の、もうすぐおじいちゃん、くらいのおじさん。うれしくて着てきちゃったのかな、奥さんや子どもたちに「やめなさいよ」って笑われたけど、うれしくてうれしくて着てきちゃったのかな。そんなこと勝手に想像して、ものすごくうれしくなって、「やりましたね!」って、思わず話しかけそうになりながら、おじさんがティッシュペーパー5個パックをぶらさげて店を出る姿を見送った。

 この3週間、そんな日々だった。

 絡まり合い、もつれ合うグループリーグ。アイランダーの意地と誇りを賭けてスコットランドに挑んだサモアはほんとうにブラボーだった。日本戦にターゲットを絞り、最後まで切れないパワーでぶつかってきたアメリカも見事だった。日本代表にとって、せつない幕切れの気配はやはり現実になってしまったけれど、どんなすごい小説家でもシナリオライターでも書けなかった物語だったなと思う。勝者ではなく、最強の敗者として人々の胸に刻まれることになった、ラグビー日本代表の名。強豪国有利の不公平な日程と言われながら(それは確かに今後のグラウンド外の課題ではあるけれど)、でももしかしたらこれは一世一代のベストシナリオだったんじゃないかな、なんて思っている。

 2戦目は体がキツかった。4戦目は、心がキツかった。膝を折る姿も、立ち上がる姿も、どちらも、見た。

 どんなプレッシャーの中でも眉ひとつ動かさずに黙々と役目を果たしてきた、五郎丸選手の鉄壁のメンタルは、最終戦後のインタビューのありふれた問いかけであっけなく崩れた。勝ち負けを終えた心が、初めて言葉ではなく涙で表現した瞬間。盛大にもらい泣きしながら、スコットランド戦でキックを外したことを問われ、「機械ではないので」と淡々と答えていたことを思い出す。ゴロウちゃん、なんか聞かれたら、ここも同じ答えでいいんですよ。機械じゃないから。人間だから。

 太陽のようなマフィ選手の突破。松島選手の躍動感。ホラニ選手の誠実な挺身。外国人がどうのこうの言う方には、フロントローのいかつい日本男児3人がオススメ(笑)。のびしろいっぱいの藤田選手。私にはどうしてもフライ級くらいのボクサーに見えちゃうけど(笑)クレバーなスクラムハーフ田中選手。ああ、キリがない。

 でも、私のMVPは、控えめで、いつも困った顔してるキャプテン、リーチマイケル選手。あまりの獅子奮迅ぶりに、試合のたび、このひとこのちょーしでやってたらこのまんま死んじゃうんじゃないかしら、と心配させられた。技術を超えて、ある種生き死にの迫力に満ちたプレイ。先代に当たる初の外国出身の代表キャプテン、マコーミック選手もそうだった。おつかれさまでした。とても、立派でした。

 この先何かあったらきっと思い出す。困難の果てに希望を高く掲げて堂々と敗れ去った勇敢なチームを。ちょっと時間が経ったいまの方がなぜかすごく涙出る。なんてうれしくて、なんて悔しい。でもなんて幸せ。また始まるたやすくはない道のり。続きは4年後に。あ、その前にリオ五輪のセブンスで。もうスタジアムなんてどこでもいいや。立派なスタジアムなんかいらない。うわっつらの演出もいらない。真剣に走る人がそこにいるなら、近所の空き地でも、私は応援に行く。

 長くラグビーに恋してきた感傷的スポーツウォッチャーは、鼻息が荒くて止まりません(笑)。でも今日だけ、いいよね。決勝トーナメントはオールブラックスを、ワラビーズを、趣味で楽しく見よう。ウェールズもアイルランドも頑張れ。ありがとうございました。おつかれさまでした。心を込めて。(10/12update)


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