2003/4/20,21 渋谷ON AIR WEST
10th Anniversaryワンマンライブ
" one more step to the spiral"

4/20

1. OUR(未発表)
2. Dear
3. LIKE 17
4. You're so cool
5. 目を閉じたくはない(未発表)
6. flower
7. 青
8. Time is ripe
9. 前髪
10. Life is a Traffic Jam
11. 冬の夜
12. ひとり
13. 名前の無い週末
14. 夜間飛行
15. 風の背中
16. Everything
17. S

【ENCORE】
1. my old song(未発表)
2. 誰の様でもなく
3. 愛している

 

4/21

1. 青
2. Dear
3. LIKE 17
4. 名前の無い週末
5. maybe(未発表)
6. 前髪
7. HERO
8. 満天
9. 子守歌1(未発表)
10. 冬の夜
11. ジレンマ
12. flower
13. You're so cool
14. 秒針のビート(live version)
15. 風の背中
16. ひとり
17. OUR(未発表)

【ENCORE】
1. 誰の様でもなく
2. 愛している
3. S

※表中の「未発表」はCD化されていないという意味です。

From:麦さん( 03.5.22 1:16)

美也子さんのワンマンから今日でちょうど一ヶ月が過ぎた。
すでに一ヶ月ということで、いろいろな人がいろいろなライブレポを書いている為、私はごく個人的なことのみを書いてみようと思う。

久しぶりのワンマンライブ、あれほど学生時代追いかけたはずだったが、過去の資料を調査したところによれば、ワンマンは「河よりも長くゆるやかにツアー」以来、2回目だったのだ。
そして、21日の衣装は、私が初めて行ったワンマンライブの衣装そのもの!その事実を知ったとき、私の頭の中には、瞬時にあの時の「河よりも長くゆるやかにツアー」が蘇った。

当時と姿を少ずつ変えた曲たちは、皆いきいきと歌われていった。
「Dear」も「flower」も「Everythig」も大好きな大好きな、でも初めて生で聴く「Time is ripe」も「ひとり」も・・・。
ピアノの伴奏と美也子さんの声、二人っきりになった曲たちは、どれも皆、それぞれの存在感を最大限にアピールしていた。
なかでも一番頑張っていたのは「愛している」である。
この曲ほど、ピアノを愛している曲はないのではないか?

美也子さんの歌声は、相変わらず力強く、美しく、そして母の優しさを内に秘めていた。
美也子さんは私が見たすべてのライブの中で一番、輝いていた。

私は、美也子さんの人柄や、詩や、曲や、歌声や、ピアノが大好きである。これまでに、こんなに追いかけた人はいない。(正確に言えば、人を追いかけているのではなく、曲たちを追いかけているのも知れないが・・・。)
この10年、美也子さんの曲たちは、常に私の生活の中に存在していた。嬉しい時も、悲しい時も。そして、これからもずっと・・・。
そんな風に強く感じる2日間だった。

美也子さん、これからも、素敵な曲をたくさん作ってね!
そして、その曲を待っている私たちに聴かせてください。
それが美也子さんの役目です!!
だから、私は「ありがとう」なんて言わないのです。

ピアノとふたりっきり、っていう表現いいなあ。そう、色々あったけどまたふたりに戻っちゃったね、改めてよろしくねって気持ちがアルバム「SPIRAL」とワンマンだったと思います。

 

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From:ひなさん( 03.5.22 1:14)

勝1993年春。私は遅いデビューを飾った。
2浪の末の大学入学だった。決して、満足の行く結果も得られてはいなかった。
そんな頃、”ひとり”に出会った。
「海になりたい青」は篠原美也子という人が、21歳くらいの頃に書いた作品を集めたアルバムだと何かで聞き、当時ちょうど21歳だった私は篠原美也子の人生と自分の人生を重ね合わせていた。
何度も聴いた。レコードの時代なら擦り切れるくらい。”強くなるのなら今・・・”
果たして強くなれたのだろうか?大学生活を、篠原美也子のライブと共に過ごした。

大学を卒業して就職したが、その生活自体に私はとても悩んでいた。
もう、周りの人から遅れるのは嫌だった。
1999年、自分の生活に満足できずにいたある時、どうしても、もう一度篠原美也子に会いたくなった。
誰かのコンサートへ行った時にもらって、どうしても捨てられずに持っていたライブのチラシを探し、ACTホールでのチケットを一枚買った。

ファンというものは不思議なものだなと思う。
篠原美也子に会わなかった時代がなかったわけではない。
数年の空白があって、どうしても会いたくなって、足を運んだライブでも、久しぶりに会ったその人の心理状況が何故か分かってしまうのである。それは、私が同性だからかも知れないが・・・。(もちろん、当時、そんなことを確信していたわけではない。あの時、こんな風に感じていたことが、間違ってはいなかったということを今回のライブで確信したのである。)
私が、迷っていて、大好きな篠原美也子も迷っていて・・・。
「もしかして、篠原美也子はもうダメなのかも・・・。」と思ったとき、そう思っている自分も、やっぱりダメになっていて、でも、だけど、篠原美也子の曲たちに、お互いに励まされていた。そして、お互いの復活を心から待ち望んでいた。
祈るだけではなく、お互いの復活を確信していた。

2000年、篠原美也子が百歌に参加すようになり、少しずつ復活の兆しを見せた年、(もちろん、そんなことも今回のライブで知ったのだが。)偶然ではあるが、私も転職に成功し、今も迷いながらではあるが、頑張って生きている。

篠原美也子の人生のほとんどを私は知らない。
知っているのはほんのわずかな歌手、篠原美也子の姿である。
でも、私は、篠原美也子の作品たちと10年を過ごしてきた。
また、作品のうちのいくつかは、篠原美也子よりも私のほうがある意味親しいのかも知れない。
ワンマンの2日間(幸せなことに両日参加することができた。)そこで知った篠原美也子の10年は、なぜか私の10年と似ていた。
この先の10年、篠原美也子と私は相変わらず別々の人生を歩んで行くけれど、でもきっと、どこかでずっとつながっている。
そんな風に強く感じるワンマンだった。
とても素敵な2日間のライブだった。

ほんの少ししか知らないはずなのに、どうしようもなく重ねてしまう、重なってしまう、それが縁というものなのかもね。

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From:The Pretenderさん( 03.5.21 2:57)

勝ちは勝ち。
負けは負け。
そういうことが追求される世界もある。

でも、そんな事どうでもいい時もある。
そんなライブ。

みんなが
篠原美也子を放っておけなくて

聴きたくて 聴きたくて
会いたくて 会いたくて
あのMCに笑いたくて
ちょっと切なくなりたくて
集まって

そして、いつしか
自分の心の中にある
それぞれの想いに
立ち返る。

ライヴレポになって無いって?
そうですね。
でも、どれほどの言葉よりも
これからの篠原美也子を
ゆったりと見守ってあげれば
会場にいようがいまいが
きっと伝わるよ。

子育てって想像を絶する
体力と神経をすり減らす
ものだから。

ゆったりね!

もうあんまり速く走れないけど、大事に、年を取って行きましょう。

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From:キチソンさん( 03.5.19 0:07)

あのライヴから1ヶ月が過ぎようとしています。

あまりの感動から、俺は言葉を失っていました。だからライヴレポを書けませんでした。
でも4日のライヴのときも、仕事中も、おうちでご飯を食べてるときも、あの時のことを考えていました。

今日溜まりに溜まった洗濯物を洗い、Yシャツにアイロン掛けをしながら、あるアーティストの音楽を聴き続けていました。
彼女たちは、最近自分たちのスタイルを変えようと必死にもがいています。そして俺は、その変化についていけませんでした。

俺はそのアーティストに何を求めていたのか。それは「笑顔」だったように思います。音楽を聴いていると、ライヴを観ていると、自然と笑顔になれる。
でも、今の彼女たちにはそれを望むことが出来ません。アーティストが、自分たちを表現するために、し続けるために、必死で闘っている中で、そのコンセプトが変わって行くのを目の当たりにした俺は、その闘いを見届けることが出来なくなってしまいました。

それは、過去を否定する闘いなんだと思います。その闘いに挑む勇気が、俺にはありませんでした。

アイロンを掛けながら、そんなことを考えていました。そして、去年の自分の事も考えていました。
去年、俺は現場から本社に異動しました。
うちの会社は本社と現場の意思の疎通が図られていなくて、現場の人たちは「本社の奴らは何もわかっていない」と思っているんです。そしてそれは俺も思っていました。
送別会。俺の挨拶はこうでした。
「多分私は変わってしまうと思います。変わらないと本社で生きていけないと思うんです。でも、忘れないようにしたいと思います。」

あれから一年。
「現場は何もわかってねーな」と思うときは多いけど、「でもしょうがないよ。現場は大変なんだから。そして俺には何が出来るんだろう?」という疑問を大切に、日々を過ごしています。

俺と彼女たちは何が違うの? ふとそんな疑問が頭をよぎります。
それはきっと「忘れないこと」と「忘れようとすること」の違いなのかと思うのです。
自分のどんな姿も、そのときの自分のBESTだったのだと言えるのか。それを試されているんだろうと思います。

そして、あのライヴの事を考えました。

俺が美也子さんに望んでいることは何なのだろう。それは、美也子さんが歌い続けてくれること。いや、美也子さんが生きていてくれること。そう思います。

美也子さんの後ろを歩き続けた10年。その間、俺は美也子さんの背中を見続けていました。「いとおしいグレイ」で新たな世界を見ようとしたときも、「Vivien」で違う世界のドアを叩いた時も、「magnolia」で深い悩みにいたときも、ワケのわからない人たちが大騒ぎしていた時も、俺はずっと思って
いました。

『美也子さんは何ひとつ変わっていない。美也子さんの歌を聴けば、そんな事すぐにわかる』

そして、あのライヴ。
懐かしい唄たちが新しい衣を纏い、ゆるやかな時間たちが美也子さんに与えた素晴らしい表現力を伴って、会場に美也子さんそのものである「唄」を届けてくれる。
その素晴らしい時間が、俺に今までと同じように、いやそれ以上に「前を向く力」を与えてくれたのです。

美也子さんの変わらないもの、それは、どんなに辛いときでも前を向こうとする「勇気」。それは、この10年間美也子さんからもらい続けたものでした。それがある限り、俺はこの人から離れられないと思うのです。

あの日美也子さんはこう言いました。
「君たちおかしいよ。いまどき篠原美也子の唄が好きだなんて。それはカッコ良すぎるよ。」
そうじゃないんです。美也子さんが闘って闘って、いろんな嬉しいことや悲しいことを乗り越えて、それでも「勇気」を忘れないで生き続けてくれた美也子さんが、一番カッコ良くて、俺はただそのカッコいい人のそばにいつづけただけなんです。

俺は想います。美也子さんがどこにいようと、何をしようと、美也子さんだけは追い続けようと。それは、美也子さんの「勇気」を見続ける旅だと思うから。

以前美也子さんはノーコンエッセイで「生きることが唄だった」と言いました。
すごくステキな言葉だと思います。
そしてそのエッセイの中で、いつしかそれを手放してしまったとも言いました。
しかし、美也子さんはそれを忘れなかった。いや、忘れようとしても忘れられない、美也子さんの「DNA」そのものなんじゃないかと思います。
だから美也子さんは今も歌い続けているし、俺もあの時だって「何も変わってない」って思ったんです。唄の隙間からこぼれる「勇気」を見逃さなかったから。

「行けるところまで一緒に行きましょう」
「OUR」を唄う前に美也子さんが言った一言。
美也子さんが生き続けてくれる限り、「生きる」と「行く」。同じ「イ」を重ねながら、美也子さんとの旅を10年続けられたことに、そしてこれから続けていくことに、本当にありがとう。

だからこう思います。美也子さんを全うできるのは、お互いに年を重ね、命が果てるときなんだろうなって。

取り留めなくいろんな事を考え、やっとあのライヴの意味を掴めたように思います。
「変わらぬ『勇気』」
「忘れない『生きること』」
それを改めて認識できたライヴだったんだと思います。

勇気の意味は多分人それぞれで、でもそれを感じられるものと出会えるのはシアワセなこと。ちょっと照れるけど、ありがとね。あたしもいつも「忘れたくない」って思ってる。忘れちゃうもんだからね、人間て。

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From:櫻井水都さん( 03.5.9 0:34)

 シノハラミヤコさん歌手生活10周年、その1日前に行われたワンマンライブ第一日目は、日曜という日取りも手伝ってか、寒々しい雨模様だというのに満席。立ち見の人もいっぱいいたなぁ。ゴメンナサイ、前から3列めの三塁側の席からでっかい声立てて笑って、時折美也子さんと一緒に口ずさんで、極楽気分してたとんでもない女は私です。テヘ。
 それにしても、10周年ですよ! そうかぁ美也子さんてちょうど今の私の歳あたりでデビューしたんだ、と思うと個人的に打ちのめされてしまいますねぇ……今のあたしに一体何ができてるんだろう、って、さ(爆)

 黒のノースリーブでふらりとステージに現れる美也子さん。そう、いつも、この人は「ふらりと」ステージに出てくるんですよね。何事もないかのようにさりげなく真ん中まで歩いてきて、それで、ちょっとはにかんだような目線で、ちょこんとピアノの前に座るの!
 いつ見ても、これがかわいいと思うんです、美也子さん。

 円盤になってる美也子さんの曲はすべてイントロからフルコーラスカンペキに歌えるゾ!とおこがましくも豪語しちゃってる櫻井なんですが、今回のライブはなんといっても10周年記念。慣れ親しんだかつての名曲も10年の重みに応えてリニューアルだというじゃないですか。おおう。
 あの曲もこの曲も予想つかないほどに料理されてて、いい意味で裏切られっぱなしだったひとときでした。

 個人的には2曲目の「Dear」のリアレンジは最高にお気に入り。囁きの上にメロディを被せたような、すっごい胸キュン(死語?)な歌声です。かすかに震えるファルセットも切なくて、その声で「泣かないで あなたの痛みはあなたしか抱きしめられない」なんて歌われてしまった日には、もうダメですって。泣かないでなんて無理な注文ですってば!

 ちなみに、このライブでは何とトイレ休憩なんて気の利いたものがありまして、それが9曲目「前髪」と11曲目「冬の夜」の合間でした。そう、何たることか、10曲目の「Life is a Traffic Jam」はほとんど幕間扱い!
 どうして、勿体ない!と思ってしまう貧乏性(関係あるのか、それ)の櫻井なのですが、美也子さん曰く「今回のライブ最大の難関なんだよね〜、ちょっと今のうちに済ましちゃうから、テキトーに聴いてて」とのこと。剛毅だなぁ(つーか、トイレに行ってた人、カワイソー…あたしはもちろん、がっつり聴いてましたがな♪)。
 難関というのは確かに頷けるハナシでして、何やらめっちゃくちゃ複雑な譜面が客席からも窺い知れるようなアレンジでした。原曲のアレンジはカントリー風味だったんですが、その上にやたらファンキーなジャズ風味をブレンドしてガシャガシャにシェイクしたような感じ、って書いてて私もよく分かんない(オイ)。とにかく、トリッキーなピアノだったのは確かです。「ここで見聞きしたものについては一切口外無用
よん」なんておっしゃってましたけど、美也子さん、充分イケてましたって!
 つーか、あんまりにもトリッキーすぎて、一緒に口ずさむのも容易じゃなかったわ(笑)。

 トーク内容が歌詞のシリアスさと似ても似つかないことで定評のある美也子さんですが、16曲目「Everything」のあたりでは美也子さん曰く「飽和状態になった」。ライブでは一度は必ずこういう状態が訪れるんだとか。それまでのマシンガントークが嘘のように、ふっと、無言になるんです。基本的に、立ち上がったりジャンプしたり始終歓声が上がってるとかいう系統のライブじゃないんで、その間、あれだけの群衆が、息をするのも遠慮がちになるほどシーン……と。
 すごい、緊迫感。
 そのうち、ちょっと照れ隠しのようながらっぱちな口調で美也子さんは「ありがとうの歌を歌おうと思ったら、おお、こんなトコロにあったじゃないか」みたいなことを仰せになり、「Everything」が始まります。
 お前ら絶対ホームページとかBBSとかで書くなよーなんて言ってたような気もしますが(笑)書いちゃいます、ゴメンナサイ。一番初めのフレーズで声を詰まらせたあなたのことを、私、できるもんなら背中から抱いてあげたかった。美也子さんのダチでないことを真っ剣に悔しく思いました。
 ありがとうの歌、しかと受け取りましたゼ。でも私も一緒に口ずさんでたんですよ。だからこれはいちファンからのサンクス・ソングでもあるのです。美也子さん、私たちと同じ時代にいてくれて、ありがとう。

 歌い終わるたびごとに、少し照れたような囁き声で「ありがとー」と言ってた美也子さん。その囁きの中に込められたごった煮の想いも、当方きっちり受け取ったつもりです。ご安心くだされ。
 上の方で、ふらっと現れてちょこんと座るのがかわいいと書いたけど、この「ありがとう」もすっごい愛おしい。大人の女のかわいさです。みんなー、もっと気付けよなー。こんなキュートな女性、そうそうやたらにいないぜ?

 最後には何と、去年12月にリリース(笑)されたばっかりのご長男、龍之介クンが登場!美也子さんの腕に抱かれてちょっと緊張の様子?あのほっぺ、さぞかしほわほわぷくぷくなんだろうなぁ。私も触りたいー。っていうか、ぶっちゃけ、食べたい(オイ)。だって大福みたいでおいしそうなんだもん!(いい加減にしなさい)
 ところでもちろん龍之介クンは美也子さんの旦那さんの苗字を持ってるわけですが、何故か私の頭の中では彼のフルネームは「篠原龍之介」……お、かっこいいじゃん、この名前。
 だっこする美也子さんの、めっちゃ幸せそうな表情も印象的でした。ああいうの見ちゃうと、私もガラにもなく「赤んぼ欲しいなぁ」なんて思っちゃうんだよねぇ。

 ステージから打ち明けてくれた10年分の葛藤……自分を少しずつ曲げていって、それでもプロをやめなきゃいけない状況にまで追いつめられて、一度は確実に音楽を憎んだらしい美也子さん。アマチュアでもう一度ステージに立てる話が来ても、心のどこかでブレーキ踏む用意をしてたんだろうか。現場にいたわけじゃないから、分からない。
 でも、そういうの全部ガツンと引き受けて、で、今私たちの前でピアノ弾いて歌ってる美也子さんは、最高にしなやかでかっこいい。
 彼女をそんな風にしたのは、もちろん今の旦那さんであったり、お友達であったり、家族であったりするんだろう。でも、その中にもしほんの少しでも「性懲りもなく美也子さんの歌にへばりついてた私たち」が含まれていたんなら、ファンとしてこれほど嬉しいことはないなぁと思うのです。

 ビバ、篠原美也子10周年! いつまでも歌い続けてください。いつまでもお供します。
 私の10年後の理想像は、いつでも、あなたです。

※これはダイジェスト版です。正規版はあまりに長たらしいので(爆)断念しました。
ご興味のある方、こちらへドウゾ↓
http://www.aquapolis.jp/anego/anego.html
第493番街

参ったなあ、こんな風に言われたら、女冥利に尽きちゃうなあ。あたしすぐちょーしに乗っちゃうんだよなあ、参ったなあ(笑)。ありがとうっ

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From:はるざえもんのちちさん( 03.4.29 0:51)

歌うNumber シノハラミヤコさま

素敵なライブをほんとうにありがとうございました.
美也子さんを知ってからの10年が,だーっと駆け抜けていった3時間でした.
唄とともにいろいろなシーンが蘇り,感慨深いものがありました.

今回初めて2階席に座りました.で,照明がね,とっても印象的だったんですよ.ブルーを基調にした感じで,凝った感じは全くなくって,シンプルでまったくでしゃばってこない,でも,言いようのない雰囲気を作ってくれていました.

あとね,正直,声をすこし心配してました.レコーディングしたとはいえブランクありましたもんね.でも,全くの杞憂でした.肩の力の抜けたとっても伸びやかな澄んだ声でした.最初の曲の歌いだしの声を聴いた瞬間に,ちょっとうるっとしちゃいました.

トラップは16.Everythingにあったとのことですが,ぼくはちょっとフライングして,14.夜間飛行の途中,一瞬かかったエフェクターの部分で地雷踏みました.
それぞれの唄に多かれ少なかれの思い入れがあるのですが,丁度去年の今ごろ,月曜の早朝に中央道で諏訪へ行き,そのまま日々深夜まで働き,土曜の深夜or日曜の早朝はるざえもんをお腹にしまった嫁さまの待つ東京へ寝ずに帰ってくる生活をしていたとき,帰京の車中大声で歌った…また,その後中国へ出張した時に「まだふたつき早い」っつーのに出てきかけたはるざえもんと嫁さまを案じながらホテルの部屋で聴いた「あなたひとりだけ…たったひとつだけ…」そのシーンがふとよぎってしまいました.

うーん,予想されたこととはいえ,あんましレポートになってないなぁ…ごめん,全国6千万のシノハラファンのみんな.でもね,どんなに著名なライターの手にかかっても,このライブの感動は伝えられないんだと思う(それを言っちゃあ…ってか^^;).

美也子さん,スタッフ,関係者の方々,当日会場に居合わせたみんな,6千万(!?)のみんな…とにかくみんなの想いが山盛りつまった10周年ライブに立ち会えたことに心から感謝します.どーもありがとう!
次の10年も,一丁盛り上げてまいりましょ〜!

2003.04.27深夜 (いけね,今日もラジオ聞き損ねた)はるざえもんのちち

中国からもメールくれましたっけねえ。ほんの半年前なのに、なんだかすごく時間が経ったような。そんなふうにまた10年行っちゃうのかな(笑)。

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From:すてさん( 03.4.28 1:04)

【4月20日、日曜日】
17時30分、会場が暗くなって、舞台に美也子姐さんが登場。
衣装は可愛らしい感じの黒いワンピースでした。

この日のセットリストには『SPIRAL』のナンバーが全て含まれていました。

今回のライブはいつも百歌に来ている人にも、10周年のワンマンということで久振りに遠くから足を運んでくれた人にも、昔からのファンにも、最近ファンになった人にも、みんな等しく誰にでも伝わるように丁寧に話しをするから‘そんなことしってるよ’という反応はノーサンキューだ、という前置き。
‘こんなに集まってるけど、君らは一歩外に出たらマイノリティなんだから’という発言には会場じゅうが大爆・・・苦笑。
その後、機関銃のような爆笑トークが繰り広げられたのは言うまでもありません。
たしか、結婚・出産といった話題はこの辺りで触れられていたような・・・。
‘10周年おめでとうございます’‘ご結婚1周年おめでとうございます’・・・
自分から祝福の言葉を唱えながらぺこりと頭を下げ、会場から拍手をもらう美也子さん。(笑)
日曜・月曜の変則的な2daysになった理由(21日がデビュー記念日)、
‘平日でも、いざとなったらみんな会社辞めて来てくれるだろう’発言 → そして、
‘最後まで楽しんで行ってください、これだけ言うのにもうこんなに話してしまった’
という半分ネタ?(笑)のトークで締めくくりました。

曲紹介のトークはデビューからの10年間、または音楽を始めてからの19年間を振り返るもの。『SPIRAL』に収録された曲はセルフライナーノーツの内容と重なる話も多かったので、そちらを参照のこと。

メンフィスでのレコーディング〜自分を取り巻く環境との不協和音。
メジャーからの解雇・・‘やった〜’と戯けてみせる美也子さん・・そして、活動の休止。
2000年4月22日、その日から東京百歌のステージに上がるようになった。
その年5月の東京百歌で『ひとり』がどうしても歌えなくなってしまった‘事件’。
諦め悪くライブに足を運ぶファン達・・そして
‘いちど空気が全部抜けてしまった自分の中に、少しずつ空気が入っていく様に’
もう一度音楽をやってみようという気持ちに切り替わっていく美也子さん。
2000年のクリスマス、nestでのワンマン大成功、そしてインディーズ・アルバムのリリース・・

ここまで赤裸々に、たぶん話さないだろうと思っていた内面を晒すような話まで口にした美也子さん。
特別な10周年のライブに、これからの10年・20年に向けての新しい決意を感じました。

『青』→『Time is ripe』→『前髪』の波状攻撃には思わず涙(というか、鼻水)が止まらなくなってしまい、その上『前髪』が終わると一時休憩のトークタイム。
会場が明るくなってしまって、恥ずかしいやら情けないやら。(笑)
その休憩時間はトイレタイム・ドリンク交換タイムを兼ねていたはずだったのですが、美也子さんは
‘この隙に終わらせてしまいたい歌がある’と言って『Life is a Traffic Jam (SPIRAL ver.)』を弾き語り始めました。これはかなり格好いいジャズピアノ風のアレンジでした。
手拍子は揉み手調になってしまうので禁止。
代わりに参加したい人は指ぱっちんで盛り上げてくれ、一緒に口ずさんでもいいよ、とのこと。
最初から最後までがんばってぱっちんぱっちんやっていたら手が筋肉痛になりました。(泣)
美也子さんは2回くらいつっかえましたが、何とか完投。
聴いている側からは充分に満足のいくレベルの演奏だったのですが
‘やらなきゃよかった’というようなことを照れ隠しに叫んでいました。(笑)

後半のMCでは徐々に言葉少なになり、美也子さんも笑顔に涙を浮かべながら飽和状態を迎えました。
‘嬉しいから・・・嬉しいから・・・’と繰り返す美也子さん。

この日のラストソング『S』。
メジャーの6年間でいろいろに音楽の方向性を変えられ『海になりたい青』から『magnolia』までまったく一貫したかたちのものを作ってこれなかった(ある意味サギのような・・・姐さん談)自分が久振りに足を運んだライブで観たシオンは、デビューした当時と全く変わらない歌声で『俺の声』を歌っていた。その姿に何を思ったのか。そんなに深い意味のある歌だったとは知りませんでした。

‘『S』の螺旋をバネに変えて、次の10年・20年への力に変えたい・・’(姐さん談)

舞台上の美也子さんは淡く照明に照らし出され、
深い闇の背景につつまれ、浮かび上がり、
視覚的にも本当に美しいステージでした。

〜ワンマンではもちろんアンコールあり!
急いで着替えて出て来たのでしょう。予想外に早い再登場でした。
衣装は明るい若草色のキャミソールに白衣のようなジャケットを羽織っていました。
‘私は歌と家庭、どちらを取るかと言われたら、どちらも取らない。両方取るから・・’
その言葉の通り、いつまでも歌い続けて欲しい、そんな気持ちにさせられた第1夜。

‘楽屋で鏡を見てびっくりした(マスカラが見事に流れていて)’‘自分で仕掛けた罠にやられてしまった(お客を泣かそうと思ったところでじぶんが泣いてしまって)’
・・と現場処理に忙しい美也子さん。(笑)
全員、今日見たものも聞いたこともその場で忘れることになりました。

アンコールは3曲。もの凄く心に沁みました。

最後にステージ中央、ピアノの手前に立ち、会場に向かって拍手を返す美也子さん。
自分の胸に親指を立てて、忘れないというアピール、そして立ち去る・・・かと思ったら、舞台袖から龍之介くんを抱きかかえて戻ってきました。
いちだんと盛り上がる拍手の渦。すると、きょとんとしていた龍之介くんの表情があっという間に泣き顔に変わってしまいました。しっぱいした〜。
慌てて舞台袖にひっこむ美也子さん。

素晴らしい第1夜が終わりました。

【4月21日、月曜日】
ライブは若干遅れ気味でスタート。
登場した美也子さんを見てびっくり。昨日とは完全にイメージが違っています。
革のジャケットにパンツスーツ姿(河よりも長くゆるやかなツアーの時の衣装だったそうです。)、
髪は赤く染めてハードなセットで決めてきました。
美也子さんは1曲目から『青』のイントロを弾き始めました。
これは昨日のセットリストとは全く違う・・・何曲か入れ替えてくることは既に予告済みだったのですが、まさか昨日と同じ曲を違った見せ方で出してくるとは思っていませんでした。

オープニングのMCでは、客層が昨日より熱心なファンばかりだと踏んだのでしょう。
語り口はさらに過激に
‘デビューの頃からのファンは異常、メジャーの頃からついてきているファンもかなり危ない’
‘百歌になってからのファンはこの中ではまだまともに近い人達だ’
さらに、‘ANNでさんざん世話になっていた高校生がもう会社勤めしている。’
‘今日来れない?・・やめろー。そんな会社ー。’(爆)
みたいなことも叫んでいました。
‘みんなでシノハラの歌におめでとうを言おう’という言葉で美也子さんも会場も一緒になって拍手。まるで歌のお誕生会みたいな始まりでした。

それから美也子姐さんから前もってお断りが・・。
‘遠くから来てくれている人もいると思いますが・・たぶん帰れないと思う!’(爆)

その他のトーク:
東京百歌に出演し始めて半年くらいの間は、美也子さんには客が自分を観に来てくれるということがどうしても信じられずに
‘ホントはJEHO君のファンじゃないの?藤重くんを観に来たんじゃないの?’
とかなり疑り深くなっていたのだそうです。(笑)

オリジナルアルバムの『magnolia』を‘予定外の妊娠みたいなものだった’と表現。
カバーアルバムを作るという作業が自分にとってとても貴重な体験だったということも語っていました。

それから、‘マスカラが流れていると研ナオコを思い出しちゃうんですよ!!’
口止めして置いて・・・自分から昨日のライブで泣いたことをバラしてしまいました。
姐さんらしい。(笑)

初日盛り上がったイラク戦争関係のトークはちょっと迷走気味。
しかし、その後が凄かった。‘こんなイイ歌を持っていました’と言って弾き始めたのはこれまでに聴いたことのないアレンジの『ジレンマ』。
光の渦の中、激しく弾き語る美也子さんは近寄りがたいオーラを放っていました。
そしてそのまま歌い始めた『flower』。この2曲を並べられてしまうともう何もかもが昇華してしまいそう・・。

ラスト近く・・『ひとり』を弾き語る美也子さんは途中で涙声に。
歌い終わると、‘今日も泣かずに歌うっていう目標が果たせなかった’と絞り出して泣き崩れてしまいました。
けれど、とても美しい涙・そして笑顔だった・・。

迸る感情・涙と笑顔を隠さずに歌ったラストナンバー『OUR』、そして、それまでの変な気負いも抜けたのか、アンコールで歌った残り3曲は今日のライブで歌ったどの曲よりも輝いていたと思います。

終盤のトークは‘君らオカシいよ。今時シノハラ・ミヤコが好きだなんてカッコ良すぎるよ。’〜‘篠原美也子を全うしてくれてありがとう’で締めくくりました。

アンコールでの衣装は結婚1周年ということも意識していしのだなつよ嬢作の白いワンピース。
鳴り止まない拍手の中、‘しぃ・・!’とゼスチュアで拍手を止める美也子さん。
今日も龍之介くんを連れてきていたのです。
今日は最後までご機嫌な龍之介くん。
来年も再来年も、一緒に成長が見守れたらいいな。
そんな気持ちで拍手・・の代わりに手を振りました。

【お知らせ】HP『すて的な日々』(http://bbs9.otd.co.jp/library/bbs_index)にもっと長いロングバージョンも掲載していますので興味のある方はご覧ください。

長いのも読んだよ〜。力作ありがとうっ。「ジレンマ」前のMCは、要するにきれいごとじゃないぜ!って話をしたかったんだけど、我ながら迷走しまして失礼〜。

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From:あおっキュRoom-458さん( 03.4.27 13:30)

 「そうかぁ…美也子さんの歌を聞き始めてもう10年近くも経つのかぁ…。」
 「っていうことは、あいつらとの付き合いも10年近く経つんだぁ…」
 東京に向かう車の中で、「河よりも長くゆるやかに」を聞きながら同じく美也子さんを長く聞いてきた名古屋の連れと交わした言葉でした。
 無意味に繰り返された美也子さんの作品を挟んでの世界観のあり方。作品に対する「リアルタイム」な思い。去年行われたイーストワンマンでの記憶。初めて美也子さんのライヴに足を運んだあの夏の日。阪神大震災直後の名古屋で同乗していた連れと初めて出会ったこと。
 思い出したら時間がいくらあっても足りない位の事件と事実を繰り返してきたなぁ…と。

 両日、美也子さんのライヴを聞きながら美也子さんの歌がそばにいてくれたことをすごく感謝して、すごく嬉しく思いました。
 93年11月。当時ニッポン放送「伊集院光のOh!デカナイト」でかかった「誰の様でもなく」その時にゲストで出ていた美也子さん。そのままANNを寝ずに聞いたこと。当時、女の子に告白してフラれてたっけ。16歳になる頃だったなぁ…。
 あれから約10年。気付けばいろんなところに美也子さんの歌があって、ずっと「こんな歌みたいな生活が出来るようになっているんだ」とか個人的にピアノで曲なんぞを作っていたりするので「こんな歌が描ける様になるんだ」って勝手に思っていた頃もあったなぁ…。
 いつも美也子さんの歌に助けられて、いつも美也子さんの歌に恋焦がれて、10年近く経ちました。歌が変わる訳無いのに繰り返された自分の価値観の押し付け合い。それでも残ってしまった学校や職場とは違う友達…。
 凹んで死にそうでぐしゃぐしゃになった夜、手に取っていたのは美也子さんのCDだったこと。ドライヴに最適な曲が無いことに対してすごく残念だったこと。
 10年経っていろんなことをひっくるめて「ありがとう」

 初日、「夜間飛行」のリバースエコーで10年を締めくくるように飛び立った気がしました。
 二日目、「イマドキありえねぇー、変だよ。あたしが全うできなかったシノハラミヤコを全うしてくれてありがとう」と言って歌った「ひとり」。長いらせんの同じ場所にやっと戻って来れた気がしました。

 最後に…今回の照明さん、PAさん、マヂで最高でした。初日の「ひとり」バックから強い光を受けて歌う美也子さんの姿は本当に幻想的で素晴らしかったし、「夜間飛行」のリバースエコーで飛び立つ感覚を持てたのもあの青い照明とPAさんのセンスの賜物です。歌とピアノだけでなく、光と音も本当にありがとう。

ANNの出待ちでサインしたのまだ覚えてるよ。静岡のコーコーセーだったよねえ。変なペンネームだったよねえ(笑)。あたしの自慢のスタッフにも言葉をありがとね。

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From:青い赤さん( 03.4.27 0:30)

 こいつは難しい。
両日のレポを書くのはヒジョーに難しい。
誰も書いていないじゃないかあああ!!
いや、書いていないのではない。書けないのだ。
あんな思いの濃いライブはちょっとないように思う。

と、言い訳をしたあとで。
2days 、その違いをまとめてみよう。

その一、天気。
一日目。待ってました、とばかりに雨。
 ♪ 〜だからいつも傘の支度〜 なんて歌ってみたりして(笑)。
ここまでくると、雨の方がしっくりくる。
二日目(晴れ、風強し)も雨で良かったくらいだ。
雨が降ろうが槍が降ろうが私たちには関係ないのだ。

そのニ、曲順。
セットリストを見ておわかりの通り、ぜーんぜん違うんだなこれが(笑)。
一日目のご閑談タイムと称するトイレタイムでの、『Life is a Traffic Jam 』は楽しかった。
姉さん、ピアノをめっちゃ間違ってた模様(あれ?あれ?を連発)。
「これ(と、パチンと指を鳴らす)、できる人はやって!」とイントロに入る。
できない人(自分)は実に物足りない。なんで手拍子じゃダメなのさー?!
参加したかったのにー。
その時トイレに行っちゃった人は損をしたと思った方がいい(笑)。
二日目はやらなかったんだもん。

その三、衣装。
一日目は濃紺のノースリーブのワンピース。
女子っぽい感じでかわいらしく。
アンコールはGパンに白いシャツで爽やかに。
二日目は昔ツアーで着た黒のパンツスーツ。
上着はボタンがしまらなくて、下はサイズを直したんだって(笑)。
ヘアスタイルにも気合が入ってた!
男っぽい感じでカッコ良く。個人的にはぼさぼさの方が好み(こら)。
アンコールは去年の結婚式に着た、いしのだなつよちゃん作の白いワンピース。
髪はぼさぼさになってた(おい)。

その四、トーク内容、とその量。
すげーしゃべってた!!量自体は変わらないのかも(笑)。
「明日も来る人は、同じ話をされてもあたかも初めて聞いたような顔をするこ
と!!」、これを鉄則とし、今夜は新人のような気持ちでここにいる(うそつけ、とひとりボケ突っ込み)、終電には間に合わないと思って諦めてくれ・しゃべるから、アメリカはジャイアンみたいなもんだ、デビューしたらおやまの大将・なのになんで売れないんだ?おかしいぞ、『前髪』の途中でトイレに立つな・場を読め男子、初めて本気でピアノの練習をしたぞ、10年経ったことへの思い、そしてこの先10年とはいかないかもしれないが歌い続けよう、今までありがとう、これからもよろしく、そしてこうして会えることを当たり前だと思わないでいよう、でもまた「らせん」の途中で会おう、等々。
もっといっぱいしゃべってたけどね。
覚えていられないんだな、やっぱり。・・・早くて(笑)。

その五、涙の量。
一日目。「おまえら、ここで泣くぞ泣くぞ」と思っていたらしいが、ミイラ取りがミイラになったらしく。
泣きながら歌う姿は、なんかかっこいいんだよな。
仕上りは、姉さん曰く、研ナオコ(マスカラが涙で流れ落ちたさま、笑)。
アンコールで出てきた時は「見なかったことに!」と笑い飛ばす。
二日目の「君たちはおかしいよ。今どき篠原美也子の歌が好きだなんて」と言って泣く姉さんの言葉に涙が流れた。
ハンカチで目を押さえる女子、涙で頬が光っている男子が見えた。

おまけ、りゅうくんのステージ滞在時間。
一日目は登場した途端にみんなが歓声をあげて拍手をしたもんだから、「ぎゃー」と一声。ほんの一瞬で消える。
二日目は姉さんが「しーっ」と口に人差し指を当てて場を静かにさせてから、姉さんにだっこされて登場。りゅうくん、「わけわかめ状態」と思われる。
早いステージデビューであった(笑)。

強引に、まとめる。
『愛している』
そう、曲紹介をした時の篠原美也子の顔を、私は忘れない。
どこを、誰を、見つめるでもなく、ちょっと左斜め下(たぶん)に視線を落として、あっさり言ったように見えたけど、そこにはちゃんと思いが詰まってた。
私は、そう思った。

篠原美也子 対 (姉さんに言わせりゃ)おかしいクソったれな私たち が織り成す「愛の闘い」。もちろん、勝負は互角だ。
そんな2days だった。

そこに居合わせたことを幸せに思う。
「おめでとう」
「ありがとう」
「これからもよろしく」
篠原美也子のその思いに負けないくらいの愛を込めて。

さて、来年は11周年。
休む理由を考えておくことにしようじゃないか(笑)。

考えといて考えといて(笑)。またみんなで騒ごうぜ〜。

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From:石塚達也さん( 03.4.24 23:05)

 まずは、10周年おめでとうございます!
そして、無事ライブ成功、お疲れ様でした。
いやぁ、産後間もないのに、3時間もやるなんて
ちゃんと酒が抜けている証拠でしょうかねー。
帰りは、渋谷の街を走りました(笑)

 初めて見たのは、’93暮れの日本青年館でした。
ツカツカ・・と出てきて、いきなりアカペラで「♪きょぅーも・・」なんて始まって、「立つも座るもすきにせいっ!」ぐらいの勢いで、まぁ威圧感バリバリのライブだったように記憶しています。
 ぶっちゃけ、いろいろTryされていたようで、佐野元春風の演出なんかも、試されていた記憶があります。(その後それらしい演出は、見たことが無いが・・)

 あれから、10年。

 母になったせいでしょうか?それとも単純に歳のせい?とても、温かみを感じるライブでした。ナイフが包丁になったとでも喩えましょうかね。親近感のある、笑顔があふれるライブでした。私自身の10年、それぞれの曲にまとわり付いている思い出を、ときおり思い出しながら、楽しませていただいた3時間でした。

 また、10年後に20周年を祝いましょう!

「10年後の見本」に共感しつつ、もがいている二児の父より。

初めての青年館、あんときゃえらそーだったわなあ(笑)。佐野元春風の演出って何だっけ(笑)。お、おぼえてねー。おいしいご飯を作る、使い込んだ包丁になりたいですな。

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From:くりぞーさん( 03.4.23 1:18)

親愛なる姉御へ

篠原美也子の歌に出会ったのは18の秋のことだ。
何気なく入った店のなかに流れていた歌。
初めて聞く歌。
誰が歌っているのかも分らない歌。
私は衝撃をうけた。
背中に電流が走る、生まれて初めての感覚だった。

それからしばらくして、それが「誰の様でもなく」という歌であり、篠原美也子という人の歌であることを知った。

あれから9年半がたった。

4月20日。
「誰の様でもなく」を聞いたとき、あの時の記憶が甦った。
同じ感覚だった。

この日、私は歌手篠原美也子に涙を流した。

4月21日。
「おかしい」と言って、篠原美也子は泣いた。
篠原美也子は、とても美しかった。
篠原美也子は、とてもかっこよかった。

この日、私は人間篠原美也子に涙を流した。

涙はとてもしょっぱかった。

篠原美也子に出会えて本当に良かった。

ありがとう。
大切な愛しい時間を与えてくれて。
ありがとう。
今でも歌を歌いつづけてくれて。

心から心から、ありったけのありがとう。

SPIRALを聞いた。
また涙を流した。

9年半かあ、長い付き合いになりましたなあ。これからもゆるゆるとつながって行きましょうね〜。

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