| From:篠原楓さん
篠原 楓です。いつもいつもお世話になっております。初めてライブレポートを書きます。「音楽は好みだ」という自分の中で確かな答えと「評論をする人になってはいけない」という家訓から、言葉にするのをためらってきました。けれど、どれだけ僕が、篠原さんの声を、曲を、詞を必要としているか、伝えきれていないのではないかと不安に思い、ペンを執りました。地学室の机の上の落書きのように、気楽に読んでいただけたらと思います(ラヴ・レターみたいなもんです)。気がついたら、篠原さんを「彼女」と書いていました。ご容赦ください。
2001.1.8 雨
ある草野球のスコアブック -2000年の記録-
4月■ドキドキ
ライブの日は、ドキドキでした。彼女に会える、というドキドキと彼女の口から、ある言葉が飛び出てしまうのではないか...というどきどき。そして、ライブが終わったとき、最高の歌が聴けた満足感と、その二文字が出てこなかった安堵感でいっぱいになるのでした。「最後のライブかもしれない」本気でそんなことを考え、小さな覚悟を握りしめていました(今になって考えると、宣言などせず、去ってしまうこともあったのかもしれませんが)。
5月■LIKE17
「10年かかった」彼女はそう言っていました。その言葉を聞いたとき、10年前を見てみたい、と強く、強く思いました。あれから7年。たぶん、17歳のときとおんなじ、弾き語りというスタイル。デビュー前の彼女に会えたような感覚。錯覚だとわかっていても、鼓動がほんの少し、はやまりました。
6月■1曲目「ひとり」
謝るのでも、弁解するのでもなく、この選曲。いじっぱりなんだから、なんて言ったら顔をしかめるでしょうか。「私は大丈夫だから」というメッセージを伝えたかった、なんて勝手に解釈したら、機嫌を損ねるでしょうか。でも...かっこよかったです。
7月■レコード発明前夜
CDになっていない曲が増えてきました。毎日、部屋で聴いていたい。歌詞を抱きしめたい。そんなふうに思い、物足りなさを感じていました。でも、レコードが発明される前、普及する前は、ライブでしか聴けないというのは当たり前のことで、それは、今、どんなにビートルズが好きでも、CDでしか聴くことができないのと比べれば、なんて幸せなことなのだと考えるようになりました。ライブを楽しみ、また、終わったあとに次のライブまでを指折り数えて楽しむ。最高の贅沢を味わっています。
8月■CDとライブの違い
CDは、いろんな人とかかわってつくられてゆくもの。フェーダーの1ミリ、曲間の1秒、曲順。議論が繰り返され、ときには議論に加わることなく、「大きな力」によって形になる。音楽と両想いしていれば、それは
>>当然のことなのかもしれません。「いったいいくつの妥協が閉じこめられているのだろう」そう思うとき、CDが曇って見え、淋しい気持ちになります。
ライブでは、その日に伝えたい歌が、伝えたい順序で、伝えたい気持ちに乗せて吐き出されます。弾き語りというスタイルは、片想いのように、まっすぐで妥協をすることなく、ときには暴走し、ときにはうつむく様子を伝えてくれます。それも、耳に届く声の何パーセントかは、確実に肉声だとわかるほどの近さで、息づかいを感じながら。ライブという空間は、あったかくて、はかなくて、とても心地よい場所です。
9月 -東京-■Keep my dream
この言葉を彼女が自分に言い聞かせているのであるとすれば、この気持ちが揺らぐほどの、この言葉が必要なほどの、状態なのでしょうか。夢を追いかけることが当然ならば、この言葉は生まれてこないような気がして。1999年の12月に感じた不安がまた(一瞬)よみがえりました。
9月 -横浜-■風を見た日
「風景を楽しんでも勝つことができる」そんなことを教えられた日、彼女は勇気づけられたのでしょうか。あせったのでしょうか。ゴールは見えないのか、ないのか、それとも、もう過ぎているのか。・楽しんで勝つ・楽しまないで勝つ・楽しんで負ける・楽しまないで負ける・勝ったから楽しかった?
この先、彼女が歩く道は、どれに近いのだろう、そんなことを思いました。
10月(興奮を伝えるために、この月だけ「である調」を使います)■成長
勉強を続けていたり、練習に励んでいたりしていても、日々の成果というのは、なかなかわからない。階段のように、ある時点を境に、がくんと(音をたてて)90度上に伸び上がる感じだろうか。出逢ったときに、すでに満点をつけられるほどの歌声に「成長」を感じることなど、ない、と思っていた。毎月ライブを見ているのならなおさら、ひとつき分の成長を理解できるほど、自分の感受性を信じてはいない。それでも、10月のライブには衝撃を受けた。新しい詞でも、曲でもないのに。時が止まった。何がおこったのだろうかと思った。もう、CDでいく百も、ライブでも幾度となく聴いている「ひとり」なのに。「忘れたくないことよりも」「忘れたいことが」このふたことの間に、心臓を、正確には、肺のあたりを、わしづかみにされた気がした。出逢ったときに、すでに満点をつけられるほどの歌声に「成長」を感じることなど、ない、と思っていた。またひとつ、忘れたくない日が増えた。
11月 -東京-■怠惰
オールナイトニッポンの企画に参加したことも、ニッポン放送に行ったこともありません。あの8月のピンチヒッターのときから、一度も聞き逃さず、ラジオにかじりついていたのに、なんでかな。彼女のことで盛り上がることのできる仲間がいる...とてもうらやましく思います。真剣に応援しているひとのおかげで、僕は、気ままに(かなり怠けながら)、彼女のファンを続けることができています。誕生日のお祝いを、嬉しそうに本当に嬉しそうに語る彼女を見て、「何か」をしてあげることのできる熱心なファンがいてくれることに感謝。彼女を励ましてくれてありがとう。
11月 -横浜-■20歳
「20歳の後輩(?)が歌う姿を、どういう気持ちで見ているのだろう」ふと、そんなことを考えました。封印してしまった歌や江古田のマーキーを思い出したりするのでしょうか。歌うまで17年。歌ってから17年。この事実にどんな意味があるのか、想像もつかないけれど、これからも気持ちよく歌い続けることができますように。
12月■完封
はじめから、終わりまで、ステージに彼女しかいないという文字どおりのワンマンライブ。文句なしの完封勝利、おめでとう。試合終了の瞬間、投げてくれたウィニングボール。少し濡らしてしまったけれど、今も胸の中に、大切にしまっています。
■あとがき
今年、僕は27歳になります。27歳になる年。僕にとって目標の年であり、特別な年です。自由と孤独の違い、普通という言葉の矛盾、繰り返すことの意味、無意味なことなんて何ひとつないということ....教えてもらったことは、数多く、まとめることなんてできないけれど、「人のせいにしないこと。背筋を伸ばして歩くこと。潔くあること」を「僕に」教えてくれたのは、まぎれもなく彼女です。月を見上げるたび、風に包まれるたび、雨にうたれるたび、いろんなことを考え、感じ、彼女に出逢えたことに感謝せずにはいられなくなります。こういう大人になりたいという気持ちを持つことで、日々を乗り越えることができた人が、この世の中に、ここに、確実に、ひとり、存在するということ伝えることができたら幸いです。2001年 8度目の春を待つ夜 篠原 楓
篠原美也子さま
P.S.こんど一緒にラグビーを見に行きませんか。
リアルタイムの貴重な記録をありがとう。相変わらず女々しいヤツだなあ(笑)。振り返ればゆるいカーブでも、その時その時はヘアピンなのさ。ま、これからもよろしくたのむよっ。 |
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