第68球
「金メダリストの夜想曲」
BOXXでなんかイベントやろうという話は結構前からあって、確か去年の春先には、来年の2月くらいに、とオファーをもらってたと思う。当初は女性アーティスト競演的な内容で、何人か名前も挙がっていた。秋口になって一週間ぶち抜き、とか概要が決まって来て、実は、シノハラさんイベントのタイトル考えてくれません?と恐れ多いお願いをされたのだが、いかんせん自分の歌のタイトルですら考えあぐねて日付にしてしまうあたし、結局ギブアップして、「詩のチカラ」というのはスタッフの命名である。何人かのスタッフが手分けして各日のキャスティングにあたっていたが、この時点ではまだSIONの名前は出ていない。最終日SION対篠原美也子、というありえない対戦が決定するのは、12月に入り、そろそろ告知を始めなければというギリギリの頃。その日は朝から何やらダンナと夫婦喧嘩したりしてへこんでいたのだが、午後スタッフからの電話でいっぺんに世界がひっくり返り、仲直りもしちゃってハッピーハッピー。LIFE野村氏によれば「最後は泣き落とし」だったそうだが(笑)、何かあればぜひ一度一緒に、と前々から地道にアプローチし続けて来た粘りの勝利。とにもかくにも、動いてくれたスタッフ諸氏に心から感謝しつつ、こうして私にとって夢の競演が実現することとなった。
私は93年春、テイチクレコードのバイディスレーベルというところからデビューした。ちなみに同時期に同じくテイチクからデビューした東野純直くんはコンチネンタルというレーベルで、当時いちおうバイディスはロック、コンチはポップスみたいなかんじだったが、その話が決まった時の反応は、家族も友だちも知り合いも、テイチク?演歌?というもの。無理もない。帝国蓄音機、看板は裕次郎と三波春夫先生という筋金入りである。そんな中で私だけは、バイディス→SIONのレーベル!と大いに盛り上がっていた。その後私はTOSHIBAに移籍するが、偶然SIONもTOSHIBAにやって来たので、同じメーカーという間柄は続き、ライブを見に行かせてもらって楽屋を訪ね、ひと言ふた言ご挨拶ということは何度かあった。初めて会った時、私が短いスカートをはいていたことをSIONはずっと覚えていて、その後会うたびに、短いスカート、と言われたりしてた(212の打ち上げでも言ってた、笑)。とは言え、最後に会ったのは8年も前、SIONがTOSHIBAに移籍して来た時行われたコンベンションライブ(「S」を書くきっかけとなったライブ)終了後の楽屋以来。ギターの松田文さんにはデビューの頃、アルバムに参加してもらったり、ライブもちょこっとやって頂いたり、見に行ったあるライブの客席でばったり会って飲みに行っちゃったり、結構じっくり話したことがあったのだが、御本人とは挨拶以外言葉を交わしたことがない。いやー今回も挨拶だけで終わったらどおしよ、などとくだらないことを心配しつつ、2007年2月12日はやって来た。
SIONのリハが先だったので、私が会場に着いた時は文さんのギターチェック真っ最中。本編10曲に対し、文さんが用意したギターはアコースティック・エレキ取り混ぜで6本。暮れに代官山でふたり旅ツアーのファイナルを見た時も思ったが、すごいギターの数。さすが職人(旅に行く時大変だから、ギター替え過ぎだって言ってやって、お願い、と文さんは不参加の打ち上げでSIONに言われた、笑)。とりあえずスタッフと一緒にSION楽屋へご挨拶に伺う。ドキドキ。ども、ども、よろしくお願いします、とお互い照れながら笑顔で。本番を楽しみに、リハーサルは見ない。でも楽屋まで声は聞こえてくる。すごい存在感。この声。とにかく声出た瞬間、いっぺんに空気が変わっちゃうよねー、とやはりSIONファンであるLIFE野村氏としみじみカンゲキ。SIONリハ終了後、アンコールセッションリハ。アンコールセッションは、せっかくだからとSIONサイドから話が出て、シノハラさん好きな曲選んで下さい、ただし、SIONのキイのまま歌えるもので、当日リハやってみてやれそうだったらやりましょうということだった。ということはやれそうじゃなかったらやんないってことよねっ、と私は大緊張であれこれ悩んだり迷ったり、本番1週間前になってもまだ悩んだり迷ったり、そしたらSIONの方から、「このままが」とかどうすか、と連絡が来て、ええーっ、そ、そんな大事な歌一緒に歌っていいんすかーっ、喜んでっ、ということで決まったのだった。でも実際当日歌ってみて、やっぱやめようって言われたらどおしよどおしよと気を揉み続けていたのだが、オレ1番、2番と全部のサビ一緒に、と言われて、とにかく歌ったら、SIONはにこにこして、じゃあよろしく、と楽屋に引き上げて行き、おお、合格らしいぜっとやっとひと安心。「このままが」は、87年のセカンドアルバム「春夏秋冬」に収録されているSIONの初期の名曲。最近はクロージングに使われることが多く、暮れのツアーファイナルでも、アンコールの最後の最後、会場中大合唱(あたしも歌った)。覚えるまでもなく、頭に入っている歌詞。このままが、って、あの日誰よりも思ってたのは、あたしだな、多分(笑)。
シノハラ本番はライブレポなど読んで推し量って頂くとして(笑)。1曲目「You're so cool」MCはさんで2曲目「ひとり」あたりまではあまり記憶がない。カバーさせてもらった「こんな大事な夜に」(89年「STRANGE BUT TRUE」収録)は大好きな歌で、デビューアルバムの時「愛している」をこの曲みたいにしたくて、わざわざ松田文さんにギターを弾きに来てもらった。結果は似ても似つかなかったけど(文さんのギターのせいではない)。「ブーケトス」からあとはまあまあ歌えたような気が。ピアノがどうなってたかは覚えてないけど(笑)。6時ちょっと過ぎスタートで、楽屋に戻ったら7時20分でひっくり返った。9曲でなんで1時間越えるんだよっ。ああんもう。好きな人の前に出るとひたすらしゃべってしまうのは、とにかくもうビョーキ。山下久美子さんしかり、種とも子さんしかり。わー引いてる引いてるーと思うと焦ってもっとしゃべってしまうの(号泣)。今回SIONと一緒にやるにあたって、SIONのお客さんに聴いてもらえる!というのもうれしいひとつだった。でもバカだと思われたかなあ。思われたよなあ。SION本番。2階の作業用通路みたいなとこにこっそりもぐり込んで、特等席でじっくり堪能。今回、スタンディング、というのは、SIONサイドからの希望だった。ここんとこずっとSIONは、文さんとふたりの時でも、どんな小さな会場であろうとスタンディングなんだそうな。ずっと立って見るの、大変だってわかります。でも、あのライブ、もしお客さんがみんな座って見てたら、全然違うものになってしまうのね。ギターだけだとか、テンポの遅い曲だとか、そういうことじゃなくて、SIONのブーツのかかとはどんな時でも踏み鳴らされている。それを一緒に感じて、体を揺らさないと、意味ないんです、というわけで、ごく自然にスタンディングなんです。てか、「Snowdrop」や「夜しか泳げない」や「ハードレイン」座ってなんかいられっかよ、「雪かもな」「曇り空、ふたりで」足踏ん張ってなきゃ聴けねえよ、ってかんじですが(笑)。アンコール。「たまには自分を褒めてやろう」を一緒に口ずさみながら舞台袖で呼び込まれるのを待つ。そうさあなたの一言で、俺はどこまでも行ける。「シノハラちゃ〜ん」の声に半分ずっこけながらステージへ。世間広しと言えども、このあたしをシノハラちゃんと呼べるのはアンタだけだ。いかすぜ、おっさん(笑)。そして、「このままが」。何度でも、何度でも言います。あの瞬間、誰よりも、このままが、と願っていたのは、あたしです、ハイ。
それにしても、久々にこてんぱんにやられたなあと思う。もう何年も、誰と一緒にやっても、別に勝つ気もないけど負ける気もしないと言うか、ま、あたしはあたしだからカンケーないもんね、と思ってたのだが、今回ばかりは見事に食われた感がある。前座なんで、すいませーん、と言うか、二つ目と真打ちくらいのランクの違いを痛感した。何の気なしに、ふっと思いついて、MCで、スポーツの試合の時、自分よりタイムのいい人と競い合うと引っ張られていいタイムが出ることがある、今日はそんな気持ちで、というような話をした。これは水泳やスピードスケートや陸上の短距離など、シビアなタイムを競う競技でよく言われる話で、水泳の決勝なんかは予選のタイムの速い順に真ん中のコースから順に振り分けられて、隣り同士で競い合うようになっている。たまにそういうのを見ていて、まあ自己ベストは大事だけど、結局絶対勝てないじゃん、と思ったりしていた。でも今回、多分あたしよりタイムのいい(笑)SIONと対バンしてみて初めてわかった。レベルの高い相手と対することは、たとえその差を突きつけられるだけだとしても、勝つことよりはるかに得るものは大きい。相手と闘うことは、そのまま自分の限界との闘いになるからだ。ゆえに自己ベストは尊い。そして、難しい、と、明らかに気負い過ぎで浮き足立って自爆した私はみしみしと軋むように思う。でも、思い上がるんじゃねえよ、と、自分をけなすのではなく、ちゃんと叱れる、そんな気持ちになれてうれしかった。いかしたおっさんのいかれた夜想曲が、歌を飼い馴らしかかっていたあたしをそんな気持ちにしてくれた。
リハと本番の合間に、今回のイベントに協賛して頂いたweiderのHP用に写真を撮ったり、グッズにサインしたりした。その時、ソファに並んで座ったSIONが、小さな声で言った。
おかあさんに、なったんだね。
HP見てびっくりしたよ、と笑う顔は、あんたが子供産んだんかい、と突っ込みたくなるほど、なんだかうれしそうだった。
おかあさんに、なったんだね。
誇らしさと、わけのわからない悲しみが同時に襲って来た。このたったふた言に、あんなやさしさとせつなさを込められる人を他に知らない。この人は、言葉と感情のプロなのだ。あたしの憧れの金メダリスト、SION。また、隣りのレーンを走りたい。その声と、その言葉を追って。そして、その時は、自己ベスト、出せるといいなあと、思う。