第67球
「20061029記憶力の記録」

 うわー歌詞飛びまくり、とDVDを見てびっくり。飛ばなくても一番と二番がごちゃごちゃになってるのがたくさんあるし、「週末」の迷走ぶりと「DOWN」の完全な立ち往生ぶりには思わず笑ってしまった(いや笑いごとじゃないんですけどね)。正直本番中はほとんど(と言うか全然)気になっていなくて(「週末」は終わってMCしたら忘れたし、「DOWN」はそのあとの「前夜」と「Journey」盛り上がり過ぎできれいさっぱり忘れた)、予想外アンコール「422」の最後がわけわかんなくなったのは、あたしが歌詞を1ブロックまるまる飛ばしてるからじゃん!ということなんか、DVD見るまで気付いてもいなかった始末。40代突入寸前勢いづけ景気づけライブは、我ながらびっくりの老化露呈ライブ(笑)。いやー歳ですなーというのが実感的感想である。
 昔っから長くて、そのくせくり返しの少ない歌詞なのに、不思議と歌詞を覚える苦労というのはしたことがなくて、若い頃は色んな人に、よく間違えないねーと感心されたもんだった。「週末の街は華やかで〜」「週末の街はあざやかで〜」など、骨格は同じで微妙に言葉を入れ替えてストーリーを作るのが好き。しかしそれが今やトラップとなり、自分の仕掛けた罠に自分で引っかかってる始末。どうしても不安なのはいちおうカンペ貼ってるが、近眼だし、夢中になるとカンペ見ること自体忘れる。ていうか、思いがけないとこを忘れるから老化なんだけど(笑)。次回は死ぬ気で、歌詞を覚えるという作業をしよう、とシンプルに反省しつつ思う次第。
 声は、まあまあ。後半疲れてくると中音域が抜け始めて、上と下だけになってくる。で、上は根性で張り上げても、下がり切れなくて着地の音程が不安定になる。もともと歌は下手だから仕方ないが、単純にもうちょっと体力付けろよってかんじもする。でも本番中は相変わらずなーんにも気付かずに、最後の「422」とか完全に声終わってるんだけど気持ち良ーく歌い倒し。どう考えても1+1は2なのに、自信たっぷりにでっかい声で、さんでーす、って言われたらその時だけは3だと思っちゃう、みたいな(笑)。その図々しさというか、楽しみ方が出来るようになったのが、昔といちばん変わったとこかなと思う。単に歳とっただけよね、とも思うが。PAの松本さんとは今回初めてご一緒した。浜田省吾さんを手がける大御所。バンドの音圧をキープしながら、あそこまで歌を拾えるのはさすが巨匠ってかんじ。本番終わって挨拶に行ったら、もーあんまりMCで笑わせないでくださいよー、と無邪気に笑ってた。うーん、巨匠だ。ま、それもあって安心し切って歌ってたんですけどね。

 良かったとこ。メンバーの渾身の演奏。
 本番中、水飲んだり、息を整えたりで結構後ろ向く機会は多いのだが、なんとなく照れ臭くて、ほとんどメンバーの顔見たことがない。ドラムの一光くんが叩きながら歌を口ずさんでたとか、ギターの太田くんがエンディングであおってたとか、あとで書き込みやメールで読んだり、DVDをチェックして知るわけだが、今回はその姿がひどくココロに沁みた。「ひとり」のエンディングや、「秒針」のイントロや、「Journey」の間奏、歌のないところにちゃんと歌があった。「逆光」の照明は多分まぶしかったと思う。それはミュージシャンたちが確信を持って送り出した音が光を放ったからだ。この人たちと音楽を作って来た、という誇りで、不意に私の胸はあふれそうになる。そしてそのひとりよがりなトキメキにうひゃーと照れて死にそうになる。いいのいいの。一瞬の錯乱のような連帯感こそが、アンサンブルの醍醐味。半年にいっぺん、あたしの月は満ちる。やっぱり次回も、本番中メンバーの顔は見られそうに、ない(笑)。

 春は欠席だったキーボード宮崎祐介。欠席の理由は浜崎あゆみツアーのためで、私がO-EASTで歌っている頃、彼は代々木第一体育館で演奏していた。ここ数年あゆバンド不動のメンバーとして大活躍なんである。多分、歌、が好きなんだと思うが、勘が良く、何より度胸があるので、歌とピアノだけでも安心して任せられる。あゆが気に入るのも無理はない。「us」で初めてレコーディングに参加した時は、風邪で8度の熱、「only you」や「尽きせぬ思い」のピアノを弾きながら、咳をしちゃならねえ、と死にそうになり、去年9月の初ライブの時は、打ち上げのあと疲れと脱力感からか駐車場でスッ転び、後頭部を5針縫ったという武勇伝?の持ち主。なんかシノハラさんと相性悪いみたいです〜などと言ってたが、ここんとこ何事もなく、だいぶシノハラミヤコの毒に耐性がついてきたようで(笑)。クールに見えて、実は熱血漢の若きバンマス。体ごとピアノ弾く姿が好きよ。
 もともとバンドでデビューして、プロデュースをしたのが中山社長。結局バンドは解散したが、腕の良さを見込んだ社長が手元に置いて鍛え上げたというベースの篠ちゃんこと篠田達也。いつもとにかくぼーっとしているのをMCのネタにもされてしまったが、ひとたびベースを弾かせるともう手がつけられない。ただのエイトのランニングがこんなにかっこいいなんて、と春一緒にやったもうひとりのキーボード河内くんも日記に書いているが、音に加え、あのキレキレのステージング。なんでこんないかしたベーシストがあたしのバックで弾いてるんだろ、とDVD見るたびにうれしくて身悶えする。そして「レイディアント」からはアレンジャーとしてもクレバーぶりを発揮し、今回のライブでは新曲2曲のアレンジを担当。MCですこしは笑ってくれたかなあ(笑)。
 ギターの飛車角、太田貴史吉田稔。太田くんは18(19だったかな)の時、当時反町隆史くんのプロデュースをしていた中山社長(当時はまだ社長じゃなかった)のアシスタントになり、多分同じ頃、同い年のしげおちゃん(話せば長い理由があるのだが、とにかく吉田くんはみんなに、しげお、と呼ばれている)は中山社長直系の弟子にあたるキーボーディストのアシスタントになる。ミュージシャンのアシスタントのことを、ボーヤ、というが、要は丁稚奉公で、プロのミュージシャンに弟子入りし、師匠にくっついて歩いて、機材の運搬、セッティング、雑用から使い走りまで何でもやりながら勉強するというヤツである。時代も変わってるし、師匠にもよるが、ま、基本的には過酷。今は歳とってだいぶ丸くなったが、昔中山社長はホントにおっかなかったので、太田くんは容赦なく叱り飛ばされ、クソミソに罵られながら育ったし、しげおちゃんも自分の師匠のキーボーディストともども叱られながら育った。でも中山社長という人は鬼のように厳しい反面、信じられないくらい愛情深くて面倒見がいいので、ふたりとも頑張って精進し、少々あぶなっかしいものの(笑)独り立ち。早いもので20代半ばを過ぎた。おっちょこちょいだけどやさしい太田くんは実はガットギターの名手であったりもする。ちなみに「us」のレコーディングの時太田くんが連れてきたお友だちのマニュピレーターが、今回のもうひとりのキーボード水野大介くん(彼は作曲家としても活動していて、アニメの曲とか結構書いてる)。穏やかに見えて芯の強いしげおちゃん、今は時間の都合でお願い出来ないけど、いつかレコーディングでもギター弾いてね。このふたりにバックでギター弾いてもらう日が来るなんて、とステージに立つたびいまだに私は感慨を抑えられない。
 なんだかんだ言って、やっぱキモはタイコ。CDもそうだが、どれもボリュームのある歌ばかりであの長いライブ、破綻がないのは、骨が丈夫、のひと言に尽きる。ドラムの田中一光さんとの出会いは13年前、93年の秋に遡る。デビューして初めてのツアー「満月の海」のメンバーとしてやってきた一光くんは、当時B'zのサポートでレコーディングにツアーに大活躍だったが、売れっ子の匂いのするものといえば愛車がコルヴェットだったことくらいで(笑)、真面目で謙虚、新人の私の歌にも全力で向き合ってくれて、とてもうれしかった記憶がある。12年後、「us」のレコーディングで久々に再会したときも、その誠実な印象は全く変わらなかった。パワーとエモーションを兼ね備え、確かな腕と経験を持つロックドラマーは、実は今どき貴重である。その上、シノハラミヤコをサポートしてくれる物好きなドラマー、となればなおのこと(笑)。私よりひとつ年上。ベテランなんて、呼ぶのも呼ばれるのもイヤだけど(笑)、色んなことがあって、道の途中でまた出会えて、ほんとうにうれしい。同世代の頼れる屋台骨を得られたこと、運命に感謝している。
 たった3日間のリハーサルで、新曲2曲、新規バンドアレンジ3曲を含むあそこまで中身の濃いメニューを、ただ演奏する、ではなく、伝えようとする気持ち、にまで高めることが出来たのは、メンバーの努力と情熱、そしてそれらを一本背負いでまとめあげる中山社長の手腕の賜物である。社長との出会いは94年、最初で最後の全国ツアーとなった(笑)「たったひとつの朝を待つ幾つもの夜」。あの頃社長が弾き倒していたギターソロを、今太田くんやしげおちゃんが弾いている。親子二代、中山チルドレンの時代になっても、歌がそこにいられることを、心からうれしく思う。そしてかく言う私自身も、中山チルドレンのひとりであると、勝手に自負している。

 私のライブのちょっと前に、つま恋で、吉田拓郎さんとかぐや姫のジョイントライブというのがあった。このふた組は75年につま恋で伝説のオールナイトライブというのをやっており、31年ぶりに聖地で再びということで、当時若者だった団塊の世代の同窓会イベント的な捉え方で話題を集めた。スタッフが教えてくれてインターネットでセットリストを見たのだが、これが結構笑えた。「妹」から「22才の別れ」「なごり雪」までこれでもかヒットパレードのかぐや姫に対し、いちおう「ペニーレインでバーボン」で始まり、後半に「落陽」をやったとは言え、拓郎さんは実にこまごまと間に最近の曲を挟んでいる。極めつけはアンコール。かぐや姫が「神田川」をやり、3万5千人の誰もがついに「人間なんて」をやるぞと腕まくりもしくは早くも涙目で盛り上がる準備をしたであろうその時、彼が歌ったのは03年リリースのアルバムから「聖なる場所に祝福を」。だれもしらねーよそんなうた(笑笑笑)。
 思うに、このへそまがりぶりこそが、吉田拓郎の真髄なのである。同時代のアーティストの中で、音楽性の高さでは井上陽水にはるか及ばず、サービス精神に満ちたエンタテイメント性ではかぐや姫が上を行き、したたかさでは泉谷しげるにかなわず、しかし巨人と呼ばれる所以。ひととおり期待に応えるけど、同じくらい裏切る。やんなくてもいいのに地味ーな新曲をどうしてもやる。このひとは常に、なつかしくなることを拒否していると、私は思う。同時代を生き抜いてきたいにしえのファンを大切に思いながら、リアルタイムにこだわり、昔話で酒を酌み交わすことを潔しとしない。時折垣間見える拓郎さんの悪あがきにも似たその姿勢に、私は激しく共感する。同窓会なんてくそくらえだ。「ペニーレイン」も「落陽」も「イメージの詩」も、今拓郎さんがほんとうに聴いて欲しいと思っているのは、Kinki Kidsのファンの子たちなのではないだろうか。それこそが、ともに走ってくれたファンの思いに応えることだと信じているのではないだろうか。せつない前向きさとねじれた愛情表現。こういうアーティストのファンになってしまった人は、ホント苦労するよね、とナマケモノ潜在的拓郎ファンの端くれは思う(笑)。
 今年の春のワンマン、本編をインディーズ以降の曲のみで乗り切った。結局メジャー時代の曲やったアンコールがいちばん盛り上がったじゃんと言われればそれまでだが、それは私にとってとても意味のあることだった。 インディペンデンスとなってからの日々は、私なりのささやかな過去を踏まえた上での、なつかしくならないための闘いだったと思う。今更スタンディングで爆音のライブをやるのも、どんなに無理をしても年1枚のリリースを死守するのも、そのひとりよがりな闘いのうち。そしてそれは、多分来ないとわかっていても、来たるべき日に備えるため。見ている人にとってシノハラミヤコは記憶の中の点でも、私にとってシノハラミヤコは日々連なり脈打ち続ける線なのだ。よって、僭越ながら拓郎さんを改めて見習い、これからも誠心誠意へそまがりぶりに磨きをかける所存。許してね。ひとりで立ち上がれた時には、微笑みながら、抱きしめてね。ま、あたしは巨人でもなんでもないけどさ。

 最後に。これはホントにアホな錯覚かもしれないが、DVDを見ていて、歌っている時のふとした仕草や立ち姿の端々に、山下久美子さんが重なることに気付いた。山下さんのライブに通いつめていたのは、もう20年以上も前のこと。ココロは忘れても、カラダが覚えてるってことあるのねと、テレビの前でうひひ、うひひ、自己満足なんです、ハイ。うんと歳とったら、歌詞とかもう全部忘れちゃって、でもマイク持って歌おうとするヘンなばあさんになるんだろうねあたし、きっと(笑)。

追伸:お客さんたちが掲げた手が花のように揺れていた「Journey」、ぐーっと引いた映像はステージから見るのとまたひと味違って、泣けました。神さまか、天使か、空を飛べる人からはこういうふうに見えるのかも。多分もうみんな足はふらふらだったと思う。でも、手は、まっすぐ、伸びていた。忘れません。

LAST UP DATE 2006.11.23