第66球
「40直前大人妄想記」
しーがつーははーなみーでさけがのめるぞー、というわけで、酒飲みというのは元来口実好き。冠婚葬祭、慶弔を問わず、グラスを掲げられればとにかく何でもいいという節操のなさが新庄である(いやーこの変換ミスおかしいから残しちゃお。正しくは、身上、ね)。第一線を退いたとは言え酒飲みの端くれとしては、自分の誕生日という究極の口実をもちろん逃すはずはなく、今年はにぎやかに前夜祭ワンマン。誕生日?だからなんなんだ!?と言われれば、なんでもないでーすと答えるだけ。でも、ま、今年はいちおう30代最後ですし。
「大人」という生き物は妄想の産物だ、みたいなことをリリー・フランキーさんがどこかで言っていた。なるほどなーと思った。
私は小学校6年生から高校3年生まで、ひょんなことからNHKの児童劇団に所属していた。教育番組に出る子供を養成する地味ーな劇団で、私はそこでもやっぱり売れっ子にはほど遠く、ほとんどは週一度NHKのリハーサル室で行われる学年ごとの朗読の稽古に通うだけで、ゲーノーカイもギョーカイもかすりもせず、のほほんと過ごした。70年代の終わりから80年代初期、渋谷は今となっては信じられないくらい静かだったように思う。大人の匂いがした公園通り。ちょっとドキドキしながらNHKを目指して坂をのぼるのが好きだった。おしゃれや流行がまだ大人だけのものだった頃の渋谷を体感出来たことは財産だと思っている。一生懸命背伸びしながらセンター街や井の頭通りで遊んだ仲間たちのうち、何人かは生涯の友となり、これまたかけがえのない財産。そして何よりもショーゲキテキだったのは、入団当時高校生だった先輩たちの、あまりに大人びたまぶしさだった。
その劇団では、中学生までは学年ごとに分かれるが、高校生になると、高校生グループとひとくくりになる。毎年夏に行われる勉強会(小学校低学年から高校生まで、200人近くが参加する音楽劇の発表会)の時は、3週間もの稽古期間中から本番まで、先生たちを助けて子供たちの世話をし、同じく夏休みに軽井沢の宿泊施設に3泊4日で出かける合宿(林間学校みたいなもの)は、基本的にすべて高校生グループの仕切りで行われた。そんなシステムのせいもあり、子供たちにとって、高校生、と言えば、大人、と同義語。私はもう中学生で3つか4つくらいしか違わなかったにもかかわらず、高校生グループはとてもじゃないけど手の届かない、あこがれと畏怖の対象だった。地味ーな劇団とは言え、やはり人前でお芝居するわけだから、やっぱりそれなりに華やかで、個性的で、垢抜けた人たちだったんだろうなと思う。男の先輩たちは誰もがもう大人の男のひとに見えたし、女の先輩たちの細い手足や、流行の髪型やさりげないメイク(いまどきのコーコーセーのきったないメイクじゃないよ)、ただのTシャツ姿でさえおしゃれに見えて、小太りのどんくさい中学生だった私は(それでなんで劇団とか入れたんだろうね?)ただただうっとりしていた。
自分も高校生になったら、とココロのどこかで思っていたんだろうか?多分思っていたと思う。でも覚えているのは、いざ自分が高校生グループの一員となった時の、あきれるばかりの大人じゃないっぷりだ。なんかなんかなんかなんか違うんですけどーなんかもっとこうステキなはずなんですけどー。育ち盛りで小太りにますます拍車がかかり(高校時代の私は常時今より10キロ重かった)お世辞にも細いとは言えない手足に、粋がってかけて失敗したオバサンパーマ頭で、私はひたすら釈然としなかった。そして首を傾げたまま大人と呼ばれる歳になり、そんなもんかと思いながら、大人と名乗って生きて来たように思う。
以上、私の、大人妄想記。その後音楽という不確かなものを商売にしたせいもあって、わりと妄想にすがると言うか、節目節目で起死回生を夢見る癖が抜けない。美容院が好きなのも(それもバッサリ切るのが好きなのも)、もうちょっと美人になれるかもーというアホな妄想以外の何ものでもない。
保育園の3歳児クラスに通う息子は、最年長5歳児クラスの子の話をする時、なんとなく目がキラキラする。「○○くんはかけっこはやいんだよ〜」「○○ちゃんはなわとびじょうずなの」その口調はなぜか得意げだったりする。おお、この歳からもう妄想は始まるのだなあと私は苦笑しつつ、すごいねーと大げさに驚いてみせる。
ロアルド・ダールは、坂道をさっそうと自転車で駆け下りて行った上級生に憧れた話をどこかに書いているらしい。多分誰もがいちどは、焦がれるように願うのだろう。自転車に乗れることでもなく、坂道をスピードに乗って駆け下りることでもなく、あんな上級生、になりたい、と。理想と現実、と言ってしまえば身も蓋もない。なれない、と知って行くことで、きっと人は、未来に近づくのではなく、自分自身が未来であることに気付いて行くのだ。それで希望をなくすことも、希望に満ちることも、両方ある。
で、40を迎えるワタクシ。今でも私にとって、大人、とは、あの劇団の先輩たちをおいて他にないけど、カッコよくとかきれいにとか、もはやそんなことは思ってもいないし、無理。カッコ悪くても、少々へたれてても、他人の妄想をかき立てる人になりたいなあと、今は思う。だって、リリーさん見てたら、なんかメチャクチャだけど、40代楽しそうだなあって思うもん。
で、で、明日の晩、30代最後の夜。妄想バトルの行き着く先は。とりあえずは、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損、損、ですぜ。