第58球
「2002.12.5ドキュメントTHE出産・前編」
1.プロローグのプロローグ。
妊娠がわかったのは2002年4月、EASTワンマンの数日後(ということは入籍の数日後)。何となく体調の悪い日々が続き、年明けからレコーディング、ツアー、ワンマン、おまけに結婚とありえない忙しさだったのでさすがに疲れが出てるのかいな、晩酌くらいで大して飲んでないのに(それでも毎日飲んでたが)酒の抜けが悪いな、年かいななどと思っていた。とりあえず生理が止まっていたので(私はもともと生理不順で、2,3ヶ月ないことはザラだった)注射打って生理つけてもらうかと近所の産婦人科に行ってひととおり検査したところ、「おめでとうございます」「まじっすか!?」というわけである。胸がむかむかしたのは二日酔いではなくつわりだったのだ。8週目、3ヶ月に入ったところ。ちょっとのんびりしてましたねと医者に笑われた。
医者からの帰り道、胸の中は喜びと不安のマーブル模様。自分が子供を産む、産めるということがあまりにもありえなくて、とにかく混乱していた。うちに戻ってとりあえず母親に電話。まああああっ、ええええっ。ちょうどその晩ダンナと外でご飯を食べることになっていたので、夜待ち合わせ場所で会ってすぐ報告。ほ、ほんとに!? 数日後スタッフたちにも報告。「bird's-eye
view」が発売になり、EASTワンマンも成功、さあ秋に向けて!と盛り上がっていた矢先のこと。ま、ま、まじっすか! 結婚した、ということだけでもまだ半分他人事みたいだった時期である。めでたいこととはわかっていながら、あたしも含め全員、状況について行けてない状況。驚愕の嵐の中で、あやまってばかりいたような気がする。急ですいません、驚かせてすいません、予定狂っちゃってすいません、すいません、すいません。結婚を発表したばかりで、それに対する様々なリアクションに疲れ果てていたこともあり、ファンの人たちへの報告はもう少し落ち着いてからということになった(7/26HP上にて発表)。誰かに会うとあやまらなきゃいけないようで、誰にも会いたくなかった。疑心暗鬼と被害妄想が、振り払っても振り払っても離れず、かと思うと突然、踊り出したいような喜びがこみ上げてきて、世界中に向かって「子供が生まれるんですよー」叫びたい気分になったり、妊娠中は総じて気持ちが揺れがちだったが、特に初期のジェットコースターな感じは忘れがたい。
正直、喜びより、不安や苛立ち、わけのわからない焦りの方が多かったと思う。今となってみれば、小賢しかったのお〜と苦笑するばかりだが、ほんとうにあの時一番混乱していたのはあたしだったのだ。妊娠が判明した日、初めて撮ってもらったエコー写真が残っている。胎児の大きさは10mm。小指の先くらいである。楽しみにしておこうということで、性別は聞かないことにした。予定日は12月6日。とにもかくにも、こうして出産狂想曲は静かにスタートしたのだった。
2.プロローグ
出産を前に、競馬方式で出産日を予想する産休ダービーなどというふざけた企画をやっていたので妊婦日記には書けなかったが、実は38週目の11月22日の検診で医者から、あと一週間以内には生まれちゃいますよ〜と言われていた。もともと動き過ぎで、7ヶ月くらいで子宮口もちょっと開いてしまい、おとなしくしてないと生まれちゃうよ〜と脅されていたあたしである。もうおなか大きいの飽きちゃってたし、ふむ、産休ダービー当たり馬券は1番か、何とかもうちょっと頑張って、12月1日ラグビー早明戦の日に生まれたりしてくんないかな、などとのんきなことを考えていた。家族、近しい人たちにもこの情報は伝えられ、さあいよいよ!とまわりはウエルカムベイベー臨戦態勢に入る、のだが、どうしたことか赤ん坊はさっぱりお出ましにならない。一週間以内、と言われていた一週間が何事もなく過ぎ、早明戦は自宅でのんびりテレビ観戦、医者もおかしいなあ、なんで生まれないんだろうなあと首をひねるばかり。のちにその理由は明らかになるのだが、とりあえず12月2日39週目の検診で、今週中に生まれなかったら薬で陣痛を付けましょうということになった。そして迎えた12月5日。
3.当日
相変わらず生まれる気配はなく、とにかく動いて動いて!と言われていたし、お天気も良かったので、午後から長い散歩がてら買い物へ。その時のレシートが残っている。14:39ひと駅先のパン屋でハムサンド、アップルパイ、フレンチチーズパン、ブルーベリーベーグル、ブール。14:52一軒目のスーパーで芽キャベツ、ブルーベリージャム。15:13二軒目のスーパーでホウレンソウ、カリフラワー、しめじ、大根。15:26三軒目のスーパーでダイエットコーラ1.5リットル、卵。フツーに夕飯の支度する気満々で、あ〜よく歩いた、と夕方帰宅。買ってきたパンをかじりながら、友だちからの、生まれそう?というメールに、まだだーと返事を書いたりしていた。そのあとトイレに行くとちょっぴり水っぽかったので、まだおなかは全然痛くないしなあと思いながら、一応電話して病院に行ってみたが、案の定、うーん破水してるとしても子宮のうんと上の方だねえ、まだだねえとのこと。おなかが痛くなって、間隔が10分になったら電話してねと言われ、羊水がすこし汚れているようだからと抗生物質をもらって帰宅。今日も生まれずかあ、薬で陣痛付けるんじゃ、きたきたーっていうのがなくてつまんないよなあ、などとぶつぶつ言いながら、とりあえずお風呂に入ることにした。そしてのんびりシャワーで体を洗っていた時。おなかの中で、ぱちっ、と何かが切れるような音がして、小さな血の塊が出た。あれっと思うと同時におなかがきゅーっと痛くなった。な、な、なんだなんだ。さっき病院行ったばっかりだしという思いもあって、なんか悪いもん食ったかなと、タオルを巻いてとりあえずトイレへ。しかししばらく座っていても痛みは治まらない。む、む、困った、とうんうん言いながらリビングへ。時刻は夜9時。なぜ覚えているかと言えば、この期に及んでまだただの腹痛かもと思っていたあたしは、とりあえずテレビをつけ、そしたら木曜洋画劇場が始まったところだったのだ。忘れもしない「F/X引き裂かれたカーテン」。ああ昔テレビで見たっけなと思いながら、さすがにこの痛みはただごとでないとようやく慌て始め、うんうん唸りながら財布の中から診察券を引っ張り出し病院に電話。
あたし「あ、あの、○○(あたしの本名)ですけど、お、お、おなかが痛いんですけど」
看護婦さんの明るくてのんびりした声「ああ、○○さんね〜。今何分間隔くらいですか〜?」
しゃべるのもきついあたし「ず、ず、ずーーーっと痛いですううう」
それでも明るくてのんびりした看護婦さんの声「じゃあいらっしゃってくださ〜い。おひとり? 大丈夫ですか〜?」
大丈夫じゃない、と言ったら迎えに来てくれたのだろうか。第一、陣痛は最初痛みと痛みの間が長ーい間隔でだんだん短くなってくるなんて嘘ばっかだ。いきなり来て、ずーっとすげー痛いじゃねーか話が違うじゃねーか、と頭の中でさんざん悪態をつきながらダンナに電話。一応立ち会う決意を固めていたので、なるべく急いで駆けつけます!と緊張した声。次に実家の母親に電話。これから入院することを伝え、あとはダンナと連絡取り合ってくれと頼む。切ったとたんすぐにまた電話が鳴り、とると母親が「すぐってことはないからね、これからまだ時間かかるから、慌てないで大丈夫よっ」。そうなのだ、この時点ではまだ誰もが、やっと始まったか、というくらいの気持ちだったのだ。陣痛が始まったら、間隔の時間で妊婦日記に「行ってくるぜ!」なんて書いていこうかななんて思っていたのだが(だって母子手帳と一緒にもらった妊娠・出産・育児の小冊子には、陣痛の合間に食べられるようだったら食事も摂っておきましょうなんて書いてあるのだ!)、そんな、もう、とんでもない。しかも気が付けばあたしったらお風呂上がりタオル一枚のままである。お、な、か、い、た、い、と歯を食いしばってお風呂に入る前に着ていたものを拾い集め、なんとか身に着けたと思ったら破水した。これはもうまさに読んで字の如し。破けて水が出るんである。ジャバーっと。もはやおなか痛くて着替える余裕もなく、入院用品を入れて用意しておいたカバンをひっつかんでなんとか外へ。うちから病院までは歩いて7、8分。すこし動いた方がお産も進むし、歩いてくるのにちょうどいい距離だよ、そおなんだ、じゃあ歩いて入院しよう、なんて医者と話したもんだが、そんな、もう、とんでもない。息も絶え絶えにタクシーをつかまえ、おい運転手、信号なんかで止まるんじゃねえぞ、と頭の中で脅しをかけつつようやく病院に到着。多分9時半過ぎ。診察。子宮口はだいぶ開いているらしかったが、まあ(生まれるのは)日付が変わって3時とか4時かな〜と医者。とにかくあたしはおなか痛くてもうなんにも考えられない。診察台から降りるのもひと苦労で、看護婦さんに支えられて、分娩室の向かいにある控え室みたいな部屋へ行き、分娩用のガウンに着替える。痛みは相変わらずだったが、ベッドに横になってすこし落ち着いてみると、短い間隔だが一応波があることに気付く。ものすごく痛い、すごく痛い、ものすごく痛い、すごく痛い、みたいな。でもとにかく痛い。脂汗をかきながらただうんうん唸っていると、しばらくして医者が様子を見に来て、痛い?もう息んじゃってもいいよと声をかける。息むもクソも、痛みをこらえるのに自然とおなかに力入っちゃうのだ。思ったより早そうだということで、看護婦さんがダンナと実家に来るなら急いで来て下さいと電話してくれた。ダンナはちょうど事務所を出てバイクに乗ろうとしてたとこだったらしい。ダンナさんもうすぐ来ますからねー、息止めちゃ駄目ですよ、赤ちゃん苦しくなっちゃいますからね、おおーきく吸って、吐いてくださーい、と看護婦さんが言う。こめかみに血管が浮いてどくどく言ってるのを感じながら必死で音を立てて呼吸する。そうこうしてるうちにダンナが到着(あとで聞いたら10時半頃だったそうだ)。ほらほらダンナさんいらっしゃいましたよーと看護婦さん。痛くてそれどころではなくうなり続けるあたし。つくづく思った。駆けつけてくれたダンナには申し訳ないが、育児サイトとかによくあった、夫が手を握っててくれてどうのこうのとか、あんなのは全部嘘っぱちだ。分娩室に移動しながら、あたしは頭の中で絶叫していた。誰がいようがいまいが、女はひとりでとんでもない痛みとともに子供を産むのだああっ。 |