第55球

 「人はいつか死ぬ。娘は濃密な足跡を残した」
 北朝鮮拉致事件で死亡が伝えられた女性の母親の、記者会見でのコメントである。あの混乱と動揺とフラッシュの嵐の中で、失礼ながら素人の方がそうそう言えるセリフではない。
 痛ましいことだが、悲劇は時に思いがけず人を育ててしまう。かつて、オウムに殺害された坂本弁護士の母親がそうだった。事件発生直後は、マイクを向けられてもおろおろと取り乱すだけだったのが、息子一家を理不尽に奪われた怒りと、真相究明への使命感で、彼女の背筋はみるみる伸びて行った。しばらくののち記者会見で堂々と発言する姿に、うわ、この人きれいになった、と目を瞠ったことを思い出す。
 そして今また、ある日突然娘をさらわれ、その死を突きつけられた人の悲しみの果ての見事さを目の当たりにし、凡人はただ深くこうべを垂れる。

 ある程度予想出来たこととは言え、北朝鮮というパンドラの匣の中身の何という醜悪さ。しかしほんとうにほんとうに残念なことだが、それはそれ、これはこれ、なのである。何でも政局の道具に使おうとする鳩山由紀夫がなんと言おうと、あんたは街宣車に乗ってくれと言いたくなる東京都知事がどれだけ吼えようと、日朝国交正常化交渉は早期に再開されるべきであり、その席上で重要な議案のひとつとして拉致問題が徹底究明されることを願ってやまない。残された家族の方々すべてが納得出来る対応も説明も、多分そこには存在しないだろう。しかし、許せねえありえねえとんでもねえと感情に任せて突き詰めて行けば、行き着くのは、あんな国ぶっ潰しちまえ、である。一年ほど前、かの正義の国が中東の疲れ切った国をめたぼこにした時、9.11の被害者家族がブラヴォーと歓声を上げ、あ〜すっきりしたと言ったかどうかは知らない。いずれにせよ日本には他国を「ぶっ潰す」実力が、軍事力を含めて無いし、リーダーは席を蹴るより席にとどまる道を選んだ。正義や人道の名のもとに、向かい風はますます強く、川口順子のお飾り大臣ぶりはもはや明白で、わかっていたこととは言え外務省 はあてにならない。しかし小泉純一郎、ここが踏ん張りどころ、そしてここからが勝負どころである。出発前も帰国後も家族に会わなかったのは、彼なりの覚悟だったのだろう。会えばきっと気持ちが揺れてしまう、弁解もしてしまう。彼はそれを潔しとしなかったのだと思いたい。
 再び言う。北朝鮮というパンドラの匣の中身の何という醜悪さ。しかしほんとうに我々が憎むべき醜さとは何か。ボクシングWBCスーパーフライ級チャンピオンで在日朝鮮人三世である徳山昌守のHPの掲示板には、中傷の書き込みが相次ぎ、19日一時閉鎖に追い込まれた。所属ジムには嫌がらせの電話がかかり続けたという。この国は多分関東大震災以来全く進歩していないのだろう。アメリカのテロ事件のあとも、イスラム系の人々がやはり故無く迫害されるという事件が数多く起こったが、そういうマネをする恥知らずどもが、まだこの地球上には山程いる。がゆえに北朝鮮という国も存在するということを忘れてはならない。

 それにしても、ワイドショウのコメンテーターが我がことのように悲憤慷慨するのはともかく、普通のニュース番組も揃って、ひどすぎる、の大合唱。お涙頂戴のVTRや家族のコメントをこれでもかとばかりに流している。しかしここは決してもらい泣きしてはいけない。悲しみも怒りも、被害者と被害者家族のものである。彼らにはありったけの思いで泣いたり怒ったりする権利がある。逆に言えば、彼らが気が済むまで出来ることはそれしかないのだ。その尻馬に乗って、政府が悪い外務省が悪いと言い立てるのは見苦しい。しっかりと事態の推移を見届けながら、テレビのこちら側にいま必要なのは、タフで誠実な無関心であり、なぜなら次のニュースは「今日のタマちゃん」であるからだ。

LAST UP DATE 2002.9.26