fromMIYAKO SHINOHARA
Extra Volume
シノハラミヤコのノーコンエッセイ
「行き先はボールに聞いてくれい」第50球


 出来立てのCDを聴きながら、これを書いている(最近はマスタリングが終わるとCD−Rを何枚か焼いてくれるので、もちろんジャケットはまだだが、ウチに帰ってすぐCDで聴けるのだ)。ほとんど起きている限り、というかんじで、すっかり自宅パワープレイ状態(笑)。発売までラグが少ないインディペンデンスにも関わらず、皆さんの手元に届く頃には、あたしは飽きちゃった、になりかねない勢いである。
 恋のはじめに似ている。まっすぐに見つめてみる。横顔を確かめる。後ろ姿に胸が騒ぐ。触れても触れてももどかしくて、泣きたくなる。抱きしめるほど遠くて、いとおしさで途方に暮れてしまう。私は子供を持たないが、ベビーベッドの中を飽きもせず覗き込む心境もこんなかも知れない。要するに、メロメロ。親バカ結構。だって好きなんだもんねカワイイんだもんねサイコーなんだもんね。何とでも言ってくれってなもんである。

 恋人たちの手はきつく握られたまま
 俺たちにもう何も見せるな
 さけぶようにつぶやいた
       シオン『12月』より

 これを多分、蜜月、というのだろう。恋人がいない時は、電車の中でドアの近くに寄り添って、言葉も無く、半ば呆然と立ち尽くすように見つめ合うカップルを見て、あ、ありえねえ、なんて思っていたのに、今はその気持ちがひどくよくわかる。
 踏み込んで来ようとするものがいたら、躊躇無く、刃物を振るってでも排除しようとするだろう。相手のこと以外に、目に入るもの、聞こえてくるもの、すべてを迷わず拒否するだろう。あまりにも深い思いは、笑顔ではなく困惑を、喜びよりむしろ痛みを運ぶものなのだろう。
 とはいえ、向かい合ってお互いという見知らぬものを見つめる時間はいつもあっという間に過ぎて行く。やがてふたりは肩を並べ、同じ景色を見ながら歩き出すこととなる。熱病の記憶が、二人をより近付けることもある。遠ざけてしまうこともある。でも、見つめ合っている時はいつだって思うのだ。このままずっと、ずっと、ずっと、ずっと、変わらない、変わるはずがない。
 『bird's-eye view』着陸前夜。私の頬はゆるみっぱなしで、恥も外聞もなく新しい恋人との蜜月にうつつを抜かしている。人に自慢したいと思うのと同じくらい、外に出したくない、という理不尽な思いにも駆られながら。
 音楽を創り始めて18年、CDを出すようになって9年。私は『bird's-eye view』に骨抜きにされてしまった。それともそれは、新しい恋をするたびに、こんな気持ちは初めて、とぬけぬけと思ってしまうことと同じなのだろうか?
 どうか今だけと思って、許して欲しい。要するに、ノロケ、なんである(笑)。


last up date 2002.2/22
このページは2週間ごとに更新の予定です
予定は、未定..

back issue