from Miyako Shinohara

Extra Volume

シノハラミヤコのノーコンエッセイ
「行き先はボールに聞いてくれい」第42球

つれづれなるままに
8/17〜19神津島
 「間もなく到着」の船内アナウンスで目が覚める。8月18日、朝6時をすこし回ったところである。やっぱりちょっぴり心配だった船酔いも全く無く、前夜は夜11時に出港したあとみんなでわいわい乾杯し、私は携帯から友だちに行ってきますメールを打ちまくり、ぽわんと酔っ払って、ころんと眠りについた。5時間ほどしか眠っていないが、気分は上々。
 顔を洗って、歯磨きをして、デッキに飛び出す。おお、島だ、島だぞ、島が見えるぞお。桟橋が近付くにつれて、早起きの釣り人に混じって、出迎えらしき人影がちらほら見え始める。近視の上乱視という私の視力は、最近コンピュータのディスプレイとにらめっこすることが多いせいで、ますます下降の一途を辿っていると思われるが、それでも必死に目を凝らしてみると、なにやら見覚えのある一団が桟橋にいるのがわかった。準備のため前日に神津島入りしていたスタッフと、いしのだなつよ、いわぶちかつひこである。私はすっかりうれしくなって、デッキから身を乗り出してバタバタ手を振りながら大声で叫んだ。「なっちゃーーーん」。向こうも気付いて、おおーーっと手を振り返してくる。つばの広い麦藁帽子に、黒っぽいサマードレス姿のなつよ、いわぶちとスタッフたち(全員男子)はTシャツに短パン、首にはタオルを巻いて、既に島民と化している。いつも見慣れた顔ぶれなのに、なんかなつかしくて、うれしい。船旅マジック、かな。
 桟橋が目の前に迫り、船はいよいよ接岸態勢に入った。サーファーや観光客に混じって、百歌御一行様、めでたく上陸。ハロー神津アイランド。
 空はどんよりと曇って、風も出て来ており、台風が近付いていることを物語っていた。昨日まではいいお天気だったのに、と、たった一日ですっかり日焼けしたスタッフたちが悔しがる。でも、どんどん流れて行く雲の隙間から時折陽射しものぞいて、私はなんか大丈夫な気がしていた。とりあえずは来ちゃったのだ。あとはなんとかなる。
 同行ツアーの皆さんの宿(というかどう見てもフツーの大きな家)の大広間(という名の半地下にある倉庫みたいなとこ)で、出演者、スタッフ、お客さん、全員揃って顔合わせ。ツアーコンダクターから一日の予定や注意事項などの説明があり、いしのだなつよ作成の島内案内MAPと、夜のバーベキュー用(カンケーない人が紛れ込まないように)のこれまたいしのだなつよ作成の首からかけるパスも配られた。そのあと部屋割り表に従って呼ばれた人から部屋に案内されて行く。クレクレタコラやメールなどで知っている名前もたくさんあってうれしかった(でもやっぱり顔と名前がなかなか一致しないが)。全員が部屋に入り、私たちは出演者スタッフ用の別の宿へ向かう。その名も、山の麓にあるので、「ふもとや」(ま、ここもフツーの大きな家ではあったが)。着いてすぐ朝ごはん。下見に行ったスタッフから聞いていたのだが、神津島は島の真ん中にそびえる天上山という山から湧いているすばらしい水が各戸に供給されていて、水道の水をごくごく飲めてしまう。もちろん、水不足なんてどこ吹く風。やっぱり水がおいしいせいだろう、ごはんがうまい!食後、スタッフたちは会場の準備に向 かい、私は部屋で高校野球を眺めながらしばしうとうとする。お天気は、日が射したと思うとまた曇り、時折雨もぱらつくという迷走状態。
 昼ごはんの前に、軽く島内観光。山の上の展望台で景色を楽しんだり、なぜか息が白くなるほど冷気が出ている、風穴という山にあいているちっちゃな穴に頭を突っ込んで見たり、多幸湾でいわぶちがパンツ一枚で海に飛び込んだり(アホや)。
 そうこうしているうちに昼飯どき。と言っても、選択肢は蕎麦屋かラーメン屋か寿司屋、あとは海の家くらいしか無いらしい。まずは蕎麦屋に向かう。スタッフの話では美味い蕎麦屋だそうだが、ちょうど昼どき、満席で当分入れそうになく、それじゃあということですぐそばの寿司屋に入ることにする。なんたって、島である。目の前が海である。ネタが悪かろうはずがない。イェーイとばかりに暖簾をくぐると、薄暗い店内には客の姿は無く、カウンターの中におやじがひとり。あれっ営業中って出てたよなあ。とりあえずは座敷に通され、みんなでメニューを覗き込む。スタッフが座敷の外で、カウンターのおやじに、何がうまいっすかねえなどと話しかけている。するとおやじは言い放った。
 「台風が来てる上にお盆で、魚が無い」
 思わず耳を疑う一同。魚が無い〜?しかしおやじは全く悪びれることなく、再び「魚は、無い」。腹が立つというより、募る不安。相手があまりにも堂々としているため、こっちが悪いことをしているような錯覚に陥りそうになる。おいおいどーなってんだどーなってんだ。なんだかわからないが、どうやら寿司は食えないらしいと諦めかけたが、スタッフが必死でお伺いをたてたところ、一応2、3種類はネタがあるらしい。じゃあとにかくそれでひとつなんとかと、どうにかこうにか注文を済ませるも、こみ上げる不安を隠し切れない一同。この辺りからぼちぼち他のお客さんも入ってくるが、切り盛りするのはおやじひとり。様子を窺いに行ったスタッフに、「バイトがずる休みしてさあ」と愚痴るおやじ。しばらくの後出された桶には、3種類のネタが2カンずつ。たかべと赤イカとむつ。ところがこれがほとんどカンドー的にとんでもなくうまかった。とりあえずいきさつは忘れて、海の幸を堪能する一同。おやじ〜やれば出来るじゃ〜ん。ま、この寿司屋に限らず、基本的に島のみなさまには商売っ気というものがゼツボー的に欠落しているのだ。住所は確かに東京都で、車はみんな品川ナンバーだ が、感覚はあくまで神津島村。誰も車に鍵かけないし。のんびりしてるんである。
 それにしても、「魚が無い」と威張る寿司屋は初めて見た。恐るべし、神津島。
 と、色々あったが無事昼ごはんを終え、いったん宿へ。シャワーを浴びて支度をし、リハーサルのため会場、前浜海岸に向かう。途中、なつよを迎えに、いしのだ家へ立ち寄る。いしのだ母とご対面。幼稚園の園長先生なんだそうな。ふっくらとあったかそうなお母さんだった。
 午後2時。スコールのような、激しい雨。会場に着いたものの、車の中でしばし待機。雲が全速力で走っている。でも台風が近付いているとは言え、夏の雨はそんなに人を悲観的にはしない。そのうち止むさと呑気に構えていたら、ほんとにそのうち止んだ。「山に雲がかかってるから、また降るかも」と、島民いしのだなつよは心配げだったが、見る見るうちに青空が広がり、強い陽射しが海岸を満たす。それっとばかりにスタッフたちがステージや音響のセッティングをする間、波打ち際でなつよや、居合わせたファンの人たちと遊ぶ。油断していると時々思いがけない大きな波がやって来て、何度もスカートのすそをびしょぬれにしながら、引いていく波を追いかけ、寄せてくる波に押し戻され、私はこういうの何時間でも遊んでいられる。
 予定時間をだいぶ押して、リハーサル開始。地元の方がPA機材を用意して下さったが、なんと言ってもやはり慣れないこと、何やかやと手間取り、スタッフは大わらわ。開演予定の4時がどんどん近付き、お客さんたちが集まり始める。たまに黒い雲が通り過ぎ風も強くなってくるが、お天気は奇跡的に持ち続け、水平線を見下ろす太陽の光で海はきらきら光っていた。
 まだ十分に陽射しが残る中、予定より30分近く遅れて神津島百歌開演。上空の白い雲の下を、台風の低くて灰色の雲がどんどん流れて行く。海をバックに作られたステージ。お客さんたちは砂浜にビーチマットを敷いたり、直接砂の上に座ったり、思い思いの体勢。海水浴帰りの人たちも、何だろうと腰を下ろしている。すぐ後ろの砂浜に下りる石段や道路沿いには、島民と思しき人たちが陣取り、気が付くと道路にはずらっと車が並び、車の中から見物している人もいた(これはあとでおまわりさんが申し訳なさそうにやってきて、「あのー通行の邪魔なんで、車移動するように言ってもらえます?あっあっなんか途切れたとこでいいんで、え、お願いしますー」と注意して行った)。多分全部で300人くらいはいたと思う。
 トップバッターいわぶちかつひこ。久々のライブということで本人盛り上がり倒して、10曲くらい歌う(アホや)。2番手は私。『約束』『ダイヤモンドダスト』『place』プラスしゃべり倒し。ふと見上げると、向かいの山の途中にある建物からも人が見ているのが見える。スタジアムで、隣接するビルから人が見物している風景を思い出しておかしくなり、おーいと手を振ると、あちらも振り返してくれた。3番手坂本サトル。この頃から浜辺は夕暮れの気配が濃くなり始める。私は海の家で缶ビールを買い、PA席のテントでのんびり見物。そしてトリはいしのだなつよ。
 私が歌っていた時にはまだ白かった光が、グラデーションのようにどんどんオレンジに染まっていく。太陽の近くの雲の輪郭がくっきりと浮かび上がり、色が深くなっていく海と風景の中シルエットになったステージ上のなつよのちょうど後ろに、傾いて行く太陽がダイヤモンドを敷き詰めたような光の道を作っていた。
 ギターで始まり、途中ピアノに移って演奏された大好きな『終わらない夏』を聴きながら、私は涙が出てしょうがなかった。別れた恋人に、ふるさとの海を見せたかったという内容の歌である。見なきゃ駄目である。この海を、見なきゃ、駄目。私だったら、ケッコン申し込んじゃうと思う。こんな海を見たら。
 勇気とは、強さでも、力でもなく、美しさなのだと思う。私はすきな人のことを思い、今そいつが隣りにいたら、絶対すきだって言えるのに、などと馬鹿なことを考えていた。美しい景色が勇気をくれる今なら、きっと言えるのに。
 ラストはお馴染み、『波乱万丈(仮)』。大声で一緒に歌う。エンディングは出演者全員ステージに上がって、ご挨拶。幕が降りるように日が沈んで行く中、神津島百歌、無事終了。
 すっかり夜となった浜辺で、さああとは飲むだけだ!というわけで、同行ツアーの皆さんと共にバーベキュー大会。百歌スタッフのお友達のコックさんで、私もよく一緒にお酒をのむカトー君の奮闘で、約50人分の料理がスタンバイ状態。村役場からビールの差し入れもあり、お世話になった役場の皆さんや、現場で撤収を手伝ってくれた浜辺のライフセーバーの皆さんも加わって、大宴会の幕は切って落とされた。牛、豚、ラム、野菜・ソーセージ各種、前日スタッフが釣ったたかべの唐揚げ、焼きそば、島で採れる「いせも」という巻き貝の味噌汁(貝の中身も当然楊枝でほじくって食べる)、野菜たっぷりポトフ、茹で豚、カレーピラフ、などなど、鉄板の上に次々と並ぶご馳走の数々。神津島前浜海岸は、瞬く間に陸の竜宮城と化したんである。ただし乙姫様は最終的に相当泥酔状態であったが。盛若バンザイ。その様子に関しては、like a bbs vol.37のファンの方のレポートに詳しくある。なんせ私の記憶は、伊豆七島並みに途切れ途切れなもんで。
 ただひとつ。同行した皆さん、あなたたちはあの日、ステージで歌う私と、酔っ払っている私の両方を目撃しました。これは、シノハラミヤコという生き物のほぼすべての生態を目撃したということであります。おめでとう。
 バーベキューのあと、別の浜辺に夜光虫を見に行き、なつよを送って宿に帰り、シャワーを浴びて、しばし部屋飲み。何時に寝たかは忘れた。翌朝は7時半起床。8時半チェックアウトで船が出るのは午後2時なので、その間釣りをしようとか温泉に行こうとか、朝ごはんを食べながら話していると、宿のおかみさんがやって来て、島内放送聞いたかと言う(神津島では、色んなお知らせは島内放送で伝えられる)。そう言えばさっきなんか言ってたような。なんですなんですと聞くと、おかみさんはにやっと笑い、言った。「船、10時出発だってよ」。ええーーっと驚く一同。台風が近付いているため、出港が早まったらしい。「下田行きは?」ひとりのスタッフが聞いた。彼は下田まで車で来ていて、竹芝行きではなく下田行きに乗ることになっていた(ちなみに、竹芝までは約7時間、下田までは約2時間である)。おかみさんは再びにやっと笑い、事も無げに言った。「下田行き?欠航」。うーそータイヘンだーまだ寝てるヤツ起こさなきゃー旅行社の人に連絡ー、などと食べかけの朝ごはんそっちのけで慌てふためく私たちを見て、おかみさんは明らかに面白がっていた、と思う。島では、夏、台風、欠航な んて、日常茶飯事である。自然に逆らっても仕方ないということはわかるが、その時点で翌日翌々日の完全欠航が決まっていると聞いては慌てないわけにはいかないのが、悲しき都会人。大急ぎで荷物をまとめ、船着場へ急ぐ。同行ツアーの人たちも幸いどっか行っちゃってるヤツもいず、全員揃って合流。下田行きに乗るはずだった数人も、竹芝行きに何とか乗れることになって一安心。いしのだなつよも慌てて駆けつけてきた。なんと、おとーさまも一緒である(同じ船に、いしのだ妹も乗ることになっていたし)。村役場の助役さんだといういしのだ父は、穏やかで落ち着いた紳士。私、サトルくん、いわぶちに、かわはぎをお土産に下さった(このかわはぎは現在毎日シノハラの酒の肴として大活躍している)。
 前日より雲が厚く、海も荒れていて、岸壁に波が叩きつけられている。接岸した船が、まるで遊園地のアトラクションのように揺れていた。何とか船に乗り込むと、部屋に荷物を置き、急いでデッキへ。なつよが、自分が端を持った紙テープを渡してくれる。「すごい勢いで引っ張られるから、手、気を付けてねー」。船が動き始め、初体験の紙テープのお別れ。色とりどりの紙テープが、強い風にはためき、やがて千切れた。サンキュー神津島。またきっと、会いましょう。
 船内は、甲板から廊下から、人でごった返していた。ちょっと早いけどメシでも食おうということになり、売店でカレーを買う。何かにつかまらないと歩けないほどの揺れの中、どうにか船室にたどり着き腹ごしらえ。このカレーが結構うまくて、満足満足。明け方まで何やら遊んでいたらしいサトルくんといわぶちは早々にダウン。スタッフも何人か死体となる。お腹がいっぱいになった私は、テレビの高校野球を見ながらしばらくうとうとし、目が覚めてデッキで煙草を吸ったり(船室内は禁煙なので)、新島を眺めたり、ファンの人と出会って挨拶をしたり、そのうちまたお腹が空いてカップヌードルを食べ、缶ビールを飲みながら横浜高校対日南学園の試合に熱中し、要するに大変快適に船旅を楽しんだ。普段から散々酔っ払ってるせいで、私の三半規管は既にぶっ壊れているのだろう。ま、もっけの幸いってなもんである。
 デッキで手すりにもたれて喫煙しながら、来年もやれるといいなあと考えた。船は波を蹴立てて進んでいる。波打ち際で遊ぶのと一緒で、私はこういうのもいつまでも眺めていられる。島の素朴な青年には会えなかったなあ。先に焼酎と恋に落ちちゃったもんなあ。
 東京湾が近付き、海はもうすっかり静まっている。

last up date 2001.9/3
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予定は、未定..

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