from Miyako Shinohara


シノハラミヤコのノーコンエッセイ
「行き先はボールに聞いてくれい」第36球

まずは35球からどうぞ!

つれづれなるままに2001.6.9インストア


Extra Volume


 てっきり雨だと思っていたらからりと晴れた6月9日。あたしにとって予想と名のつくものに関しては、もはや天気ですら当たらないらしい(笑)。
 夏本番さながらの陽射しの中、渋谷から東横線で桜木町へ。最近の東横線は、「特急」なるものが出来て、すこぶる快適である。実は横浜って結構近いのよねえ、と行くたび思うが、だからと言って別にまめに出かけるわけではない。出不精だもん。用事無いもん。
 比較的空いた車内、渋谷から座ることが出来て、桜木町まで約30分、のんびりとアン・ビーティの「ウィルの肖像」を読んで過ごす。たまに窓の外に目をやって、ぼんやり景色を眺めてみたりする。冬の陽射しは白が強いように思うが、暖かくなると、光にどんどん金色が混じってくるように思う。そのせいか、夏の風景は冬のそれと比べて、どこか輪郭が甘い。ぼんやりした雪景色とか無いもんなあ。でも、ほんの少しピントが合っていないような見知らぬ街並みが窓の外を流れて行くのを、居眠り中の向かいのおっさん越しに眺めている初夏の午後は悪くない。決して、悪くない。
 午後3時半頃、桜木町到着。ホームの喫煙コーナーで一服したあと改札を出て、迎えに来ていたスタッフと共にランドマークタワーに向かう。天気がいいせいか、家族連れや、若い子のグループや、カップルや、駅前は大層な人出。ランドマークに向かう道も、結構混雑している。
 初めて訪れる新星堂横浜ランドマーク店。『新しい羽根がついた日』が流されているイベントスペースのまわりには既に何人か人が集まっていて(あたしがHP上で入り時間をばらしたせいだ!)、声をかけてくれる人もいる。今日ライブをやる場所を確認し、楽器の準備が出来るまでということで、とりあえずは控え室へ向かう。従業員通路を通り、エレベーターを乗り継いで、絶対ひとりじゃ戻れない!って感じ(笑)。昔デパートでアルバイトをしていたことがあって、その時のことをちょっと思い出す。大型店舗の裏側には、必ず迷路が隠されているのだ。
 インストアライブ最大の特徴、公開リハーサル。本番とはまた違う緊張、と言うか、やる側にとってカッコつかないことこの上ないのがこの時間。ただでさえ短い本番、全貌を見せてしまうのもなんだし、かといって何にもしないのも不安だし。まあ私は性格上、あまりモニターとか気にならないタチなので、サウンドチェックだけでちゃっちゃと済ませようと思い、スタッフにもその旨告げてあったのだが、もう人が集まっているせいもあって、ステージに上がったらどうも気分が良くなってしまった。まずはメニューに入っていない『S』のイントロを弾いてフェイント。ふっふっふ、本番じゃやらないもんね。どれだけ練習しても不安の残る『HERO』は、声出しを兼ねて最後のサビとイントロ、エンディングをチェック。見ているお客さんたちがあまりにもうれしそうなので、調子に乗って『ひとり』のサビをひとくさり。かっかっか、これも本番じゃやらないからサービスさ。歌い終わって沸き起こる拍手にますます気を良くし、ああんもっとなんか歌いたいな、関係ないヤツなんかやっちゃおうかなと思うが、いかんいかん遊びに来たんじゃないんだからと一応自制心を取り戻し、公開リハーサル終 了。
 控え室に戻り時計を見ると、4時を10分ほど回っている。本番は5時スタートの予定だが、会場やCDの準備の都合で10分ほど押しそうだとスタッフ。ヒマなのでとりあえずはドッグヤードガーデンに出て、ランドマークタワーを根元から見上げ、遠近感がめちゃくちゃになりながら喫煙する。知っている人も多いと思うが、ドッグヤードとは船を修理するスペースのことで、ランドマークタワーのふもとにあるドッグヤードガーデンは、実寸大のドッグヤードを模して作られた広場である。ま、だだっ広いだけと言えばだけだが、空がぱかんと抜けて気持ちがいい。私はスタジオや地下のバーでもくもくになりながら喫煙するのも好きだが、たまに圧倒的な空気の絶対量の中で、なんか体にいいことしてるような錯覚に陥りながら喫煙するのも好きだ。天気良し。風は海の匂いがするし、あと1時間後にはライブ。ああシアワセ。
 上の広場で歓声が上がっていて、何だろうと思って見に行くと、男の子2人組がストリートパフォーマンスをやっている。体で文字を作ったり(そういうお笑い芸人いるよね)、火のついたこん棒をくるくる回しながら投げ合ったり、ダンスしたり、私は後ろから見ていたのでちゃんと聞き取れなかったが、片方のMC担当の男の子がしゃべりでも結構笑わせていたり、通り掛かりを含めて200人位はいるだろうかという観客からは、笑い声や拍手が絶え間無く起こり、結構な盛り上がりぶり。こんなにお天気いいから、あたしも店の中じゃなくてここでライブやりたいなあなどと考えながら、ところでこのお客さんたちずずっと新星堂に来てくんないかしらと思う。
 結局控え室を出たのが5時15分頃だったので、ライブはほぼ20分押しでスタート。店長の呼び込みでステージに出て、あまりの人の多さに驚く。しかも何という近さ。前5、6列は小さな椅子が用意されていて、みんな肩をくっつけ合うようにして座り、後ろと脇はぎっしり立ち見。なんだかnestを思い出す。私の正面は、さっきストリートパフォーマンスをやっていた広場に通じる出入り口で、壁はガラス張りになっており、外を通る人たちが見える。あとで聞いたら外にもスピーカーが設置されていて、ライブの模様が流されていたそうだ。私の右側は売り場、左側にはレジカウンター。店員さんがカウンター越しに様子をうかがっているのが見える。拍手とざわめきで騒然とする中、さすがの私もたじたじで、とてもじゃないがすぐ歌い出せる状況ではない。少しクールダウンするのにちょうどいいかと思い、久々にMCからスタートする。そして1曲目『HERO』。しゃべって少し落ちついたものの、上がりまくっていた様子はライブレポを参照のこと。『place』『still』と続き、『秒針のビート』では歌詞が一部「うにゃにゃにゃ」になった(笑)。
 ライブ終了後、CD即売。考えてみると、CD即売握手付きサイン会というのは初めてで、ファンの人たちは相当うれしかったらしい。ただ、CDが65枚しかなかったので、もう持っている人は自分のを持ってくればそれにサインだけするよとあらかじめ告知しとけば良かったかなと、終わったあとでスタッフと話しながら思う。私は別にサインするの嫌いじゃないし、たくさんで疲れたでしょうとみんなに言われたが全然そんなこともないし、ただ道端で、うおーきりがないぞーみたいな状況になるのがイヤなだけなので、ああやってきちんと場を設けて頂ければ、またやりたいと思う。
 それにしても、なんて楽しい1日だったのだろう。ライブが終わって、スタッフに「どうでした?」と聞かれて、真っ先に私の口をついて出たのは、「インストアってこんなに楽しかったっけ?!」というセリフである。桜木町の居酒屋で打ち上げて、帰り道東横線に揺られながら、なんでこんなに楽しかったんだろうと改めて考えてみた。
 私ははっきり言ってずっとインストアライブなんて大嫌いだった。最後にやったのは'98年の『magnolia』の時、ロス・ライスと2人でやったやつで、弾き語りでも何度かやったことがあると思うが、正直ほとんど記憶にない。覚えていないのは、楽しくなかったからである。雑然とした店内、興味なさそうに通り過ぎて行くかと思えば、「なんなんだこいつ」というようにじろじろと眺めて行く人たち。ストリートの素養が全くなく人見知りの私にとって、インストアライブなんてみかん箱の上で歌うのと大差無く、公開リハーサルもばつが悪いだけで耐え難かった。仕事だと思って割り切ってやっていたけれど、ちゃんとしたツアーやイベント以外のライブはいつも気が重かった。そうか、と私は突然思い当たる。あの頃インストアがあんなに辛かったのは、私が常に心のどこかで、なんであたしがこんなとこで歌わなきゃいけないのよ、と思っていたからだ。デビュー直後からホールでライブをやり、甘やかされ、守られていた私は、照明もなく、ろくなPAもない単なる店先で歌うなんてと、要するにお高くとまっていたわけだ。今回も実際会場に着くまで、その気持ちの名残のようなものはあったように 思う。でもなぜだろう。リハーサルが始まったとたん、不思議なくらいあっさりとそんな気持ちはどっかに吹き飛んでしまった。脇のついたての陰から珍しそうにこっちを見ていた小さな女の子、ガラスの向こうでぽかんと口を開けていたカップル、私の姿を見ることすらなく、単にあの店に居合わせた人たち、必ず立ち去って行くであろう彼らの為に、私は何曲だって歌えると思った。彼らが私を忘れてしまっても構わないと思った。私が覚えているから、それだけでいいと思った。
 そして、私が何曲歌おうが、歌うまいが、そこにいてくれる人たち。彼ら彼女らは、多分ずっとそこにいてくれたのだ。私が世間のことばかりにかまけていた時も、自分のことしか目に入らなかった時も、私の歌を守りたいと思いながら、いつもそこにいてくれたのだ。私が気付けなかっただけで。
 「孝行したいときに親は無し」とはよく言ったもので、こういうことは気付いた時にはもはや手遅れであることが多い。惜しいことをした!と舌打ちしたいような気分で、でも、初めての楽しかったインストアライブを祝してもう一軒飲みに行こうと、私は酔った頭で考える。
間もなく終点渋谷、と、車内アナウンスが告げている。

last up date 2001.6/16
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