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むかしむかしあるところに、ひとりの野球少年がいました。
野球が大好きで、いつかプロ野球選手になることを夢見ていました。
甲子園に出て注目されるようなことはありませんでしたが、アマチュアで地道に実績を重ね、その甲斐あってある球団が彼をドラフト1位で指名し、彼はついに、念願のプロ入りを果たしました。
本格派のエースという周囲の期待にこたえ、1年目、2年目と彼はなかなかの成績を残しました。
ところが3年目あたりから思うように投げられなくなり、思い切ってフォーム改造に取り組んだり、チームを移籍して心機一転をはかったり、あれこれ試行錯誤を繰り返しましたが、目立った成果は得られませんでした。
それどころか、かえって迷いが深まるばかりでした。
結果を出せないまま月日は流れ、なんとか1軍入りは果たしていたものの、次第に登板機会もすくなくなり、6年目のシーズンオフに、彼はついに球団から戦力外通告を受けました。
悔いはあったけれど、もう若くもなく、限界を感じ始めていた彼は、もはやこれまでと引退を決意しました。
ただ、それでも野球を愛していたので、選手としては無理でも、別のかたちで野球に関わって行きたいと思っていました。
そんなある日、彼の力を惜しんだある人が、自分の草野球チームに入らないかと声をかけてきました。
もう2度とマウンドに立つことはないと思い定めていた彼でしたが、熱心な誘いに心が動き、余生のつもりでその申し出を受けました。
そして、週末の午後の試合。
小さなグラウンドは野球好きたちの歓声と笑い声にあふれ、金網越しには、現役時代の彼を記憶にとどめていた熱心なファンの姿もありました。
終盤リリーフとして久々のマウンドに立った彼は、グラブの皮の匂いと、足元の土の感触に、胸がふるえるのを押さえるのに必死でした。
そして、こんなことを思っていました。
「野球って、こんなに楽しいものだったんだ」
現役時代の後半、やってもやっても結果が出ない焦りと苛立ちの中で、彼は、あんなに好きだったはずの野球を憎み始めている自分に気付きました。
来季も契約してもらいたい一心で、言われるままに中継ぎでも敗戦処理でもやったし、苦手だった変化球も必死で覚えました。
そんな自分を許し続けることが許せなくなったこと、そして自分をそんな風に追い込んだ野球を憎み始めてしまったことが、彼に引退を決意させた本当の理由でした。
振りかぶって、第1球、インコースぎりぎりいっぱいのストレートに、相手打者のバットは空を切りました。
ベンチから「ナイスボール!」と声が飛び、金網の向こうのファンからは拍手が沸き起こりました。
通りがかりに見物していた家族づれの中の小さな男の子が、金網に顔をくっつけるようにしながら「がんばれー」と声援を送っていました。
大きくうなずきながら返球するキャッチャーにうなずき返しながら、彼は再び胸の中でつぶやいていました。
「野球って、こんなに楽しいものだったんだ」
風の噂では、その後彼は月にいちどの週末の試合で元気に投げ続け、最近久しぶりに、見事先発完投を果たしたとか。
その草野球チームの名を、『東京百歌』と言うとか、言わないとか(笑)。
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