from Miyako Shinohara
Extra Volum

シノハラミヤコのノーコンエッセイ

「行き先はボールに聞いてくれい」第16球

 9月14日。開会式を翌日に控え、サッカー予選リーグに日本代表が登場し、シドニーオリンピック事実上の開幕。若きトルシエジャパン、南アフリカに先制を許すも、高原の2ゴールで見事逆転勝利。決勝トーナメントに向け、視界良好。
 16日。競泳陣のトップを切って、田島寧子女子400m個人メドレー銀メダル。「めっちゃくやしい」。
 同日夜、日本中が息を詰めて見守る中、女子柔道48kg級田村亮子悲願の金メダル獲得。「初恋の人にようやく会えた」。
 直後、男子60kg級野村忠宏も金メダルに輝き、柔道ニッポン会心のスタートダッシュ。それぞれを祝福するかのように、夜遅くまで雷鳴鳴り止まず。
 17日。初のプロアマ混合チームとなった野球。予選リーグ緒戦は、松坂の好投むなしく、アメリカにサヨナラ負け。広いストライクゾーンに戸惑ったか、打線の奮起に期待。
 サッカー予選リーグ第2戦、対スロバキア。南ア戦から、フィジカルの強さは相変わらず素晴らしいものの、体のキレ、パスの精度共に今いちで、不調のエース中田。0−0で迎えた後半22分、モヤモヤを吹き飛ばすような鮮やかなダイビングヘッド。同じくらい鮮やかな笑顔に、なんだかひどく胸を打たれる。クールなタフガイぶりについ忘れそうになるけれど、彼はまだたったの23歳なのだ。後半29分、高原のシュートがこぼれたところへ、ガンバの火の玉ボーイ稲本が走り込んで日本2点目。1点返されるがそのまま押し切り、予定通り連勝で勝ち点6をゲット。中田はやはり調子の悪さゆえか、通算2枚目のイエローをくらい、次のブラジル戦は出場停止。いいっていいって、一休みして決勝トーナメントに備えてくれい・・・と余裕をかましたのも束の間、なんとブラジルが南アに敗れてさあ大変。どうやら神さまはいるらしい。日本が予想以上に頑張ったので、おもしろがって「じゃブラジルとも本気でやってみ」なんて思いやがったに違いない。日出づる国のサッカー少年達に、まだまだ試練は続く。
 19日。宇津木妙子監督率いる好調女子ソフトボールチーム、112連勝中と無敵状態のアメリカに、30年ぶりの勝利。高山樹里ちゃんナイスピッチング。安藤さんカッコイイ!
 男子柔道81kg級では、抜群のセンスを持ちながら波のある試合ぶりで評価を下げていた瀧本誠が意地の金メダル。終了の挨拶も忘れてコーチに飛びついていった“少年”はどうかそのまま、天才肌、から、天才へ。
 20日。サッカー予選リーグ最終戦、対ブラジル。開始早々左サイドを破られ、逆サイドでフリーになったアレックスのヘディングでいきなり先制を許す。これで目が覚めたか、その後はよく守るが、中田を欠く中盤は思うように機能せず、力を出し切れないまま1−0で後半もすでにロスタイム。ところが、イタズラ好きの神さまがここでまたお出ましになる。南アフリカがスロバキアに敗れるの速報が入り、この時点でブラジル、日本共に決勝トーナメント進出が決定。日本中のお茶の間「やれやれ」。ブラジル中のお茶の間「オレオレ」。
 21日。女子200m平泳ぎ決勝。7位に終わった田中雅美。お疲れさま、立派だったね。
 男子柔道100kg級、圧倒的な強さで井上康生“母に捧げる”金メダル。ワイドショーとシノハラミヤコ大喜び。
 22日。男子柔道100kg超級、幻の内股すかしで篠原信一“世紀の大誤審”銀メダル。オリンピック2連覇となった対戦相手、フランスのドゥイエの試合後のコメント。「篠原は強い選手だったが、スポーツは結果が全てだ」。そうか、これは柔道ではなくJUDOなんだと改めて痛感。極真空手に於いて、その技のみならず、武道家精神をも見事に会得していた故アンディ・フグをふと思う。OSUではなく、押忍。ドゥイエは引退を表明し、篠原の雪辱の機会は永遠に失われてしまった。とにもかくにも金メダルをかけた大事な試合でこれだけの騒ぎを起こしといて、何の手も打てない国際柔道連盟って一体なんなんだ。
 23日。サッカー準々決勝、対アメリカ。運命のPK戦が行われていた時刻、私はステージにいた。フットボールの神さまが、日出づる国のサッカー少年達に用意していた最後の試練。乗り越えるのは、2年後のW杯、そして4年後のアテネ。
 24日。女子マラソン。
 オリンピックの女子マラソンの歴史は浅くて、正式種目となったのは'84年のロサンゼルス大会から。また、オリンピック、世界選手権を除いて、女子だけのレースが行われているのは実は日本だけで、海外の大会はすべて男女混合である(ケニアのロルーペが2時間20分47秒の世界記録を出した'98年のロッテルダムマラソンのももちろん男女混合で、あらかじめ用意された男子選手がペースメーカーとなってロルーペを引っ張ったことから、その価値を疑問視する声もある)。ではなぜ女子だけのレースがないかというと、単純に参加者が少ないからであり、なぜ参加者が少ないかというと、そこには長い間「母体保護」の名のもと「女は家庭を守れ」という男性社会の封建的な考え方に支配されてきた、女子長距離界の歴史的背景がある。なんだか信じられないような話だが、ほんの20年前はそんな時代だったのだ。
 時は流れ、20世紀最後のオリンピック。女子マラソン界は、高橋尚子という稀有なランナーを得ることとなる。
 五輪史上最もハードなコースと言われるシドニーのマラソンコース。その中で、多くの関係者がポイントとして挙げた25km過ぎのアンザック・ブリッジ。果敢にくらいついていた市橋有里が遂に力尽き、レースは高橋と、大阪国際で弘山晴美をわずかに差し切って優勝し、粘り強さには定評のある強豪リディア・シモンの一騎打ちとなった。このあと38km過ぎで高橋がスパートするまでの10km余り、2人のマッチレースは続いて行くのだが、のちにこの時の心境を尋ねられた高橋は、こんな風に答えている。
「風が気持ちよくて、走っているのが楽しくて、うれしくて、ずーっとこのまま(シモンと)肩を並べて、どこまでも走って行きたかった」
 かつて女子マラソンランナーの先駆者ゴーマン美智子は、海外のレースを幾つも制し、第1回東京国際女子マラソンで凱旋優勝を期待されるが、16位と惨敗してしまう。久しぶりに見る東京のなつかしい風景に心を奪われ、勝敗への執念を見失った彼女は、優勝したジョイス・スミスの、沿道に詰めかけた大観衆に「全く気付かなかった」というコメントに、自分は負けるべくして負けた、と愕然とする。このエピソードに円谷幸吉や瀬古利彦をからめたエッセイ『風が見えたら』の中で、筆者の沢木耕太郎は「風景が見えたとき、人はもう勝つことが出来なくなるのだろうか」と問いかける。
 今沢木氏は、高橋尚子を見て、どんなことを思うのだろうか。風を見てなお強さを失わず、オリンピックという大舞台で、永遠すら目撃してしまった彼女を見て。

 インタビュアーの不在を、強く思う。
 各局元オリンピック選手や元スポーツ選手をコメンテーターとして並べ、もちろんそれぞれアスリートとしては素晴らしい表現者だったのだが、それを言葉に、しかも人に伝わる言葉に置き換えるという作業に於いては、残念ながらほとんどが才能なし。元横綱若乃花の無能ぶりは目を覆うばかりだったし、岩崎恭子に至っては痛々しくて見ちゃいられなかった。松岡修三、都並敏史など器用な人もいるけれど、何かを感じることと、それを言葉で表現することは、全く別物なのだ。
 アナウンサーどもは、総じて勉強不足。300種目全部とは言わないが、せめてメダルが期待される種目については、競技に関する基本的な知識や、その競技のバックグラウンドについて勉強して、貧困な想像力を補って欲しいもんである。仕事なんだから。「どんな気持ちでしたか」程度の質問だったら、しろうとでも出来るだろうが。
 海外の事情は知らないが、どうも日本では「スポーツキャスター」というのは未開のジャンルらしい。結局明石家さんまが一番おもしろかったもんなあ。さびしい話である。

 ともあれ。
 キューバ戦のマウンドで、胸の日の丸に手を当て、祈るように目を閉じていた黒木。イアン・ソープのほとんど優雅ですらある大きなストローク。女子ソフトボール決勝、雨の延長8回ウラ、レフト小関のグラブからこぼれたボールと、試合後の会見で報道陣の質問に「私の判断ミス」と言いかけた小関をさえぎって「私たちは誰のせいとも思っていない」と静かに言い放った宇津木麗華。本人の試合より、兄の観戦風景の方が迫力があった(笑)陽気なダークホース、レスリンググレコローマン69kg級永田克彦。マリオン・ジョーンズの八重歯。マイケル・ジョンソンの金色のシューズ。もう2度と飛ぶことのない「鳥人」ブブカ。ロシアにあと一歩、でもあたしは日本のほうがうまかったと思ってるよ、女子シンクロチーム。強力なサーブを武器に体格差をはねとばし、ベスト4に食い込んだ女子ビーチバレー高橋有紀子、佐伯美香。「何が起きたのかわからなかった」男子陸上4×400mリレー、第2走者小坂田の手からこぼれ落ちたバトン。同じく4×100mリレー、脚の故障をねじふせるように走り切り、レース後声を放って泣いた第3走者、はたちの末續慎吾。腕を痛めようと、背中をつく ことを潔しとせず、3回戦で敗れ去った男子柔道90kg級吉田秀彦。マラソン代表落選の無念を晴らすべく臨んだ女子10,000m決勝、まさかの最下位に、むしろ吹っ切れた表情でスタジアムをあとにした弘山晴美と、それを見つめた山口衛里の涙。男子体操種目別鉄棒決勝、スーパーEコールマンに挑み、わずかに届かなかった塚原直也の手。低迷する日本チームの未来を重ねたくなるような、拾ってつなぐ誠実なプレーで高さとパワーのロシアを圧倒し、初の金メダルを獲得したユーゴスラビア男子バレーボールチーム。女子体操ラデュカンの、はかない金メダル。想像を絶する向かい風に力尽きた、男子マラソン犬伏、佐藤、川嶋。そして、水を追いかけ続け、うれし涙や悔し涙をぬぐった日本女子競泳陣の指先を飾っていた、色とりどりのエナメル。
 '84年のロサンゼルス大会を境に膨張を続け、そのあまりの商業主義に批判が高まるという側面を持つオリンピック。規模の拡大に歯止めをかけ、小さな都市でも大会が行えるようにと、とりあえず21世紀最初の大会となるアテネでは、種目数を増やさないという取り決めが交わされたという。スポーツに限らず世界の趨勢として、これからは、何をするか、ではなく、何をしないか、という価値観が主流になるべきであると思う。
 いずれにせよ、アスリートたちは絶えることなく、政治や思惑を軽々と飛び越え、あるいは臆することなくそういったものに立ち向かいながら、自らの限界を証明し続けるだろう。そして私は飽くことなく、彼らの姿を寿命が縮む思いで見つめ、涙し、歓声を送り、その思いをつたない言葉や歌に託し、まわりからあきれられ続けるだろう。
 何とでも言ってくれ。心が動くうちが華。感動したもん勝ちなんである。

                                    last up to date 2000.10.15   
                           このページは2週間ごとに更新の予定です   
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