第12球

 桜庭和志の良さは、「廊下のチャンピオン」の良さだ、と、この間NHKのとあるトーク番組に出演していた彼を見ながら思った。
 荒っぽいとは言え、柔道と言う伝統武道出身の小川とも、ハッタリの効いた迫力が魅力的な蝶野とも違う、桜庭の良さは、休み時間になると男子が(男の子ではなく、男子ね)、前の晩テレビで見た技をかけっこしてひいひい言ってた、あの小学校の廊下のなつかしいホコリの匂いなのだ。
 プロレスに対するあふれんばかりの無邪気な好奇心と愛情、今や語り草となった、ホイス戦での、グレイシートレインに対抗する覆面軍団や、自伝に『ぼく』とつけるあたりのユーモア感覚、そしてあのカリスマ性ゼロの顔(笑)。村本浩平氏のナンバーノンフィクション大賞受賞作『無制限一本勝負』にあざやかに描かれたような、遠い日のプロレスごっこのひたむきさを、多くの人が彼に感じたのではないだろうか。
 しかし、試合を見てもわかるように、その裏には強さと技術に対する、凍りつくほど冷徹なまなざしがある。私は格闘技初心者なので、難しいことは解らないのだが、最近入門してくる新人に技を教えるようになって、自分のやっていることを言葉に出来るようになってきた、と言いながら、いくつかの技を若いレスラー相手に実際にやりながら説明していた桜庭は、驚くほど冷静で淡々としており、スポーツ選手というより、エンジニアか研究者のようで、あ、この人強い、と不意に思わせるものがあった。
 見たまんまじゃない人、が好きである。私の中でそれは、セクシーという意味にもつながっている。ひょうひょうとした中に、どちらかと言えば悪い意味で人をゾッとさせる部分を持っている桜庭和志は、私にとって間違いなくセクシーな男だ。冷たい人かもしれない、でも大事な人には強烈にやさしいのかもしれない、その瞬間を見てみたい・・・と妄想は広がる。
 が、しかし。気が付くとあの人の良さそうな顔につられて、ついついこっちも笑ってしまう。やはり桜庭は、ホコリの匂いのする「廊下のチャンピオン」だ。プロレスごっこをはるかな高みに究めた彼のスタイルは、これからも多くの共感を集めることだろう。心から健闘を祈りつつ、注目し続けたい、深い人である。

 五輪代表選考をめぐって、日本水連を相手に、国際スポーツ仲裁裁判所に提訴した、千葉すず。結局は日本水連の言い分が通って、「選考は公正だった」という判断により、彼女の代表入りの道は絶たれた。
 裁定に関しては、残念だったねと言うしかないし、泣き寝入りを潔しとせず、ある程度負けを覚悟で提訴に踏み切った行動は、プロアマ問わず、今後のスポーツ界のある種のマイルストーンになることだろう。しかし、結果的に千葉すずが圧倒的な世論の支持を集めたのは、単なる判官びいきではなく、裁定が出たあとの、千葉、日本水連双方の会見が原因となったことは明らかだ。
 「相手に対して言いたいことは」と問われて、千葉すずは「同じテーブルについてくれたことに感謝したい」と述べた。「自分たちは、全く間違っていない」と言い放った日本水連古橋会長は、同じ質問に対し「これを良い経験として、立派な社会人になってほしい」と述べた。要するに、少々意地悪くこのコメントに字幕をつけるとすれば、「小娘がいい気になって楯突くからこーゆーことになるんだよ。少しは反省しておとなしくすっこんでろ」ということになる。
 じじいに何言ってもムダなんである。信念と狭量の区別がつかないこの手のじい様には、はいはいどーぞ勝手に「オレは正しい!」と言い張ったまんまお墓に入ってくださいまし、と言うより他ない。
 でもね、すずちゃん、どっちがカッコよかったか、世間はちゃんとわかってるよ。

 「神の国」発言の森総理、少し前になるけど「三国人」発言の石原知事、そして「立派な社会人」発言の古橋会長。彼らに共通しているのは、何を言ったか何をやったかではなく、それが問題になった時の対応のまずさであり、それに気付くことの出来ない、固陋なバランス感覚である。
 石原知事は、釈明会見で逆ギレして、「オレのどこが悪いってんだ!」とのたまった。「その態度が悪い」とどうして誰も言わなかったのか、私は不思議でならない。
 また、森さんにも同じようなのがあったが、古橋会長も、「一連の出来事に責任を感じているか」という質問に、一瞬怪訝そうな表情で間をつくったあと、「何の責任ですか?」と言いくさった。あほ。わざとらしいんだよ。クールだと思ってんのかねえ、そういう受け答えが。
 個人の思想や信念はあくまで自由なものだし、それについてどうこう言うつもりはない。本来「何かを信じる」ということと「それが他人にとっては違う意味を持つ可能性がある」ということは全く別なもので、責任ある立場にいるのなら、その狭間に落っこちないようにまずは発言に気を配るべきなのだが、まあ口がすべることもある。言っちゃったもんやっちゃったもんしょうがない。結局人間の底が割れちゃうのは、その後の対応如何による。
 彼らの、押し通す弱さ、認めない弱さは、腹立たしさを通り越して、ほとんど痛々しい。そして、奇妙に子供じみている。どんなにそんなつもりじゃなくても、誰もが誰かを途方もなく傷つけたり、困らせたりしてしまう可能性を持っている。何かを主張しようとすれば、そのリスクは最大限となる。問題が起きた時「そんなつもりじゃなかった」と開き直られたら、人間関係なんて成立しない。信念を持っているということと、それによって誰かを傷つけたり、迷惑をかけたりしたということ、どちらも尊重すべき事実だということが、どうしてあの人たちにはわからないんだろう。まるで、「勝手に誤解したそっちが悪い」みたいな言い方は、とても悲しい。
 しかしながら。じじいに何言ってもムダである。他者への想像力を持たない人は、その人自身も決してこちらの想像力をかきたてることが出来ない。見たまんまの、浅い人たちである。
 子供のみなさま、どんなにお金持ちでも、権力があっても、あーゆーサビシイ大人になってはいけませんよ(だからといって、金属バットとか振り回しちゃダメですよ)。私と一緒に正しく、プロレスごっこにうつつを抜かしましょうね。

 余談。いい加減我慢の限界なので書いておく。今回私が桜庭を見かけたNHKのとあるトーク番組、様々なジャンルから多彩なゲストが登場するのはいいのだが、司会進行役の男性シンガーと女性元スポーツ選手のインタビュアーぶりが、余りにもお粗末。私はこの2人に対して全く含むところはないが、少なくともインタビュアーおよび番組ナビゲーターとしては、2人ともほとんど最低である。当り障りのない質問に終始するのもイライラするが、返ってきた答えに対して全くコメント出来ないので、話が全然転がって行かない。彼らは、想像力が全くないか、人間に対する興味が全くないかのどちらかであるとしか思えない。もう何ヶ月も前のホイス戦について、「勝った瞬間どんな気持ちでしたか?」とか聞くバカがどこにいるんだよ。しろうとだってもうちょっと気の利いたこと言うだろーが。ああもうとにかくフラストレーションで悶絶死しそうになるので、結構興味あるゲストが出るんだけど、よっぽどでないと私はこの番組を見ない。しかし、同じキャスティングで、番組は延々と続いている。これだから、国営放送の考えてることはわからない。

続・余談。おーい7月のライブレポート来ないぞー。

LAST UP DATE 2000.8.8