シンガーソングライター篠原美也子のオフィシャルウェブサイト

新春スペシャル「1999.12.26に関する自問自答」

「行き先はボールに聞いてくれい」第5球
新春スペシャル『1999年12月26日に関する自問自答』

Q.まずは有馬記念のことからお伺いしたいんですが。
A.(笑)いきなりですか。

Q.ええ(笑)やはりシノハラミヤコと言えば、ギョーカイで一番赤えんぴつの似合うシンガーソングライターってことでしたから。
A.いやいや恐縮です。えー結論から言うと、①③⑦ボックスで買ったんで、取らせて頂きました。あたしの性格的には、これだって言われると、違うって言いたくなっちゃう、いわゆるへそまがりなんで、今回みたいに2強で決まり!みたいになると、シンボリインディとかつい買いたくなっちゃうんですけど、この秋は、天皇賞ツルマルツヨシ、菊花賞エアザイオンでひどい目にあいまして(注・どちらも伏兵として期待されたが惨敗)、王道の強さをしみじみ感じたというわけで、③スペシャルウィーク、⑦グラスワンダー、①のナリタトップロードは、騎手の渡辺くんがかわいいので一票というわけでした。ま、あと枠で、②スペシャルウィーク枠、⑥ツルマルツヨシ枠と、往生際の悪い馬券も買ったんですけどね。
Q.なるほどなるほど。
A.当日は私一応リハーサルとかやってたので、レースは見られなかったんですけど、皐月賞馬テイエムオペラオーの3着はえらかったですね。そうそう、私その日ライブだったんですよ。で、予定としては午前中渋谷ウインズで馬券を買って、そのあと秩父宮でラグビー一試合だけ見て、2時半会場入りでばっちりのはずだったんですけどね、朝起きてぐずぐずピアノの練習とかしてたら結局ぎりぎりにになっちゃって。会場に入ってから、スタッフの人に新宿ウィンズ(注・ルミネのビルのはす向かい)に買いにいってもらたんですよ。考えてみたら、去年も有馬記念の日は渋谷ウィンズ~秩父宮というコースで、レースはラグビーの2試合目が終るか終んないかって頃で。秩父宮のバックスタンドで、ケータイで誰かに結果を聞いたらしいとなりのにーちゃんが「グ、グラスワンダー!?」って叫んで、思わず「ええっ!?」と聞き返してしまったのを覚えています。しかしラグビーといえば今年は早明(注・早稲田と明治)が弱くて・・・・

Q.えーお話の途中申し訳ないんですが、そろそろライブのお話に移ってもよろしいでしょうか。
A.あっすみません、このエッセイ、どうしてもスポーツネタから始めないと気が済まないもんで。
Q.ええ、こっちもふっちゃいましたから。ま、ラグビーに関しては、日本選手権終ってからまたゆっくりということで。では改めてライブについてお伺いします。ライブはええと1年1ヶ月ぶりでしたね。
A.はい。前回は98年の11月29日日曜日、場所は渋谷のクラブクアトロでした。忘れもしないあの日はジャパンカップでエルコンドルパサーが勝って馬券が当たって・・・・

Q.ハイハイ。あの時はアメリカから、ロス・ライスバンドがやってきたんでした。
A.ああそうでした。いやーみんないいヤツでしたねーヘタクソでしたけどねー(笑)。
Q.あのライブから今回のライブまで1年余り、一体何してたんです?
A.何って言われても(笑)。クアトロのあと、一応新曲づくりしてたんですけど、信じられないくらい煮詰まって、そうこうしてるうちに春になって、契約切れちゃって(笑)。いやー参ったなーと思いつつ、元気に遊び倒してました。

Q.なるほど。で、今回、東野純直くんとのジョイントライブということになったわけですが。
A.いやーやっと本題にたどりつきましたねーなんで前置きに原稿用紙4枚もかかちゃうんでしょうねー不思議ですねー(笑)
Q.(力なく笑)
A.えっとですね、東野君とはテイチクで同期デビューで、オールナイトニッポンにゲストできてくれたこともあったし、NACK5のイベントでやっぱりジョイントライブしたこともありました。その後2人とも偶然東芝でまた一緒になって、でも違うセクションだったんで全然接点なかったんですけどね。で、東芝にはなぜか競馬の会みたいのがあって(笑)、主に営業所のスタッフと、年に何回か府中やら大井やらに行ってたわけです。シノハラミヤコと行くJRAツアー、とか銘打って(笑)。そのメンバーの中に、競馬よりそのあとの宴会が楽しみという酒のみがいて、その人と私はあっという間に単なるのみ友だちになりまして・・・・

Q.あのー念のため聞いときたいんですけど、この話ホントにライブの話につながるんでしょーね。
A.もちろんですとも!それでですね、その単なるのみ友だちがある日制作に異動になって、東野くんのディレクターになったんですよ。ほーらつながってきたでしょ。そいでもって、去年(99年)の9月、久々にトゥインクル行きましょうって話になって、みんなで大井に行ったんですけど、そのあとののみ会でそのディレクターにも会って、例によって朝までのんだ中で、東野と一緒にライブやろーぜって言われたんです。酔っ払ってたし、いいよ~んなんてテキトーに返事しといたら、これがホントになったという、まぁ人の縁とは不思議なもんで、たまにはのみ友だちも役に立つというお話なわけです。
Q.大変よくわかりました。ちなみにここまでで、また原稿用紙1枚半もかかってしまいました。
A.気にしない気にしない。

Q.ではライブの内容についてお伺いします。選曲はどのように?
A.結構あれこれ迷っちゃって、最終的に決めたのは、結局本番の1週間位前でした。秋頃からぼちぼち新曲も書いてたんで、最初の頃は、新曲中心にしようかなあとも思ったんですけど、やっぱり色々あった年の暮れでもあるし、ここは総ざらえで行こうと。『Vivien』の時のアレンジャーで今でも仲良しの中山が、色々とアドバイスをくれました。一曲目はイントロなしの曲でつかむこと、最後はなるべく盛り上げる曲で、(良い意味で)やり逃げ感を出すこと、などで、まず『You’re~』と『名前の~』が決まって、あとはそれぞれのアルバムからなるたけまんべんなくピックアップしよう、と。でも2枚目がこぼれちゃったんですけどね。そしてあれこれ考えていく中で『flower』のことを思い出して、未発表っていうイベント性もあるし、単純に今の気持ちでぜひ歌ってみたいと思ったので、急いで練習しました(笑)。
Q.一応最新アルバムである『magnolia』からは、一曲も選ばれてませんが。
A.バレましたか。

Q.当たり前です。
A.あのアルバムはやっぱり自分の中ではかなりイレギュラーな位置にあって、他に歌いたい歌いっぱいあったし。要するにあんまし好きじゃないんですよね、あのアルバム(笑)。
Q.ついに言っちゃいましたね(笑)。
A.ええもうカンケーないですから(笑)。でも2、3曲好きな歌もあるにはあるんで、そのうち機会があったら歌うと思いますけど。

Q.ところで、本番はずいぶん緊張してたようですが。
A.ハイ。終ったあとスタッフに、あんなに緊張してるとこ初めて見たって笑われました。いつもライブの時はすっごいあがるんですけど、今回は弾き語りってこともあって、余計でした。
Q.ワンステージ完全弾き語りというのは、どのくらいぶりだったんでしょうか。
A.わかりません(笑)。デビュー前にやってたことは確かですけど、デビューしてからはイベントや公録や自分のライブで、せいぜい2、3曲止まりだったと思うなぁ。

Q.やっぱり弾き語りは違いますか?
A.ええ、私単純に、ピアノ上手くないっていう不治の病持ってますし(笑)、あと、となりの鍵盤鳴っちゃう病っていうのも持ってるんで、今回も一応自分なりには必死で練習したんですけど、「前髪」のイントロだけで確実に3年は寿命が縮んだかんじです(笑)。ま、致命的に大っきな爆弾は多分落ちなかったと思うんで、とりあえずやれやれかなと。
Q.実は、ピアノうまくなりたいってあんまり思ってないんじゃありません?
A.バレましたか。

Q.当たり前です。
A.音楽っていうのはサ、ハートなんだヨ。ハートが伝わって観客のみんながハッピーな気持ちになってくれれば、それが一番グレートなコトだよネ。
Q.急に外タレのインタビューの翻訳みたいになってごまかさないで下さい。
A.バレましたか。

Q.当たり前です。これからはひとりでやるしかないんですから、ちゃんと練習して下さいよ。
A.ハーイ。
Q.では、歌も含めたところで、改めてライブを振り返って下さい。
A.そうですね、実はすっごく自信なかったんですよ、ホントに。別に、ピアノ間違えそうとかそういうんじゃなくて。前はライブの前の日とか、もう早く歌いたくてワクワクして眠れなかったんですけど、今回は本番が近づくにつれてどんどん自信がなくなってって。今さら歌ってどーすんだ!?って思ったり、人が見て、こりゃ契約切られてもしゃーないなって思われたらどーしようとか、あとあたし東野くんの『Glissando』ってアルバム大好きで、ホント東野くん素晴らしいので、並んでやったらめたぼこに負けるかもしれないってコワくてたまんなかったり、もうとことん弱気でした(笑)。必要以上に緊張したのも、多分その弱気の虫のせいだったと思う。本番マフラー巻いて出たんですけど、ま、今マフラーはやってるっていうのもあるんだけど、あのマフラー2年位前の誕生日に、元マネージャーのアホアホがプレゼントしてくれたやつだったんで、一応お守りってかんじで。

Q.それで実際歌ってみてどうでした?
A.結論としては思ってたより悪くないかな、と(笑)。送ってもらったライブレポートの中にもありましたけど、最初へこんでたのが最後は元気になった、みたいなかんじで。2曲終ったあとのMCで「知ってる人いたら心の中で一緒に歌って、あたしを助けて」って思わず言っちゃったんですけど、これは大マジ。でも「ひとり」から「週末」に行くあたりでは「もっとやらせろー」って思ってましたから。恋の痛手には次の恋が特効薬なように、歌でできた穴ぼこも歌で埋めるしかないんだなぁってつくづく思いました。
Q.ふむふむ。歌ってて特にグっときた曲とかありました?
A.うーん、全部かな(笑)。やっぱあたしの歌は弱ってる時に効くなーと、我ながら思っちゃいました。「前髪」とか、ラブソングなんだけど結構ささるんですよね。「思い出をいつか力に変えよう」とかね。

Q.ネガティブになったり、弱気になったりしたけど、とりあえずは結果オーライってことですかね。
A.そーですね。東野くんとのセッションも楽しかったし(笑)。
Q.いやー「ダンシングクイーン」とは、意表をつかれました。
A.あたしも当日聞いて結構ビビりました。東野くんの大好きな曲ってことで、あたし自身はそんなに熱心に聞いた記憶はないんですけど、あれだけはやった曲だとやっぱり歌えちゃうんだなあって、やってみて思いました。でもあれ以来なぜか、「ダンシングクイーン」があたしの中で「この木何の木」状態になっちゃって(笑)。気がつくと歌ってるんですよ。ユーキャンダーンスって(笑)。

Q.(笑)。セッションが終って引っ込む時、「あねごー」って声がかかってましたね。ファンの人たちに対して何かひとこと。
A.往生際の悪さではあたしといい勝負ですね(笑)。もうあたしを好きでいても、なんにも得になることないのにね。色々ごめん、でもありがとねってかんじです。あと今回のライブに関しては、東野くんや東野くんのスタッフ、あたしをステージに引っ張り上げてくれた単なるのみ友だちディレクターなど、たくさんの関係者のみなさんにも大感謝です。
Q.大浦龍宇一くんも来てましたしね。

A.そうそう。新年会の約束しちゃいました。
Q.PAは制野さん(デビューから『Vivien』ツアーまで、ほとんどのライブのモニターオペレーター)でしたね。
A.会場入りしたらいたんですよ。どーしたの!?って聞いたら、いやー通りがかっちゃって、なんて言ってて、ああライブ見に来てくれたんだなって思ってたんですけど、リハになったらなぜかフェーダーいじってて(笑)。リハのあとウラでうだうだしてたら、今度は飯岡パパ(同じくほとんどのライブのフロントPAオペレーター)がすーっと目の前を歩いてって、な、なにしてんの!?って声をかけると、あれー現場間違えちゃったーなんて(笑)。もうびっくりするやらうれしいやら、ちくしょーグッときちゃうじゃんかよーってかんじでした。

Q.ありがたいことです。そんなこんなで、‘99年12月26日のライブは無事終了したわけですが、どうせ打ち上げはのみ倒したんでしょ?
A.バレましたか。
Q.バレるとかバレないとかの問題じゃないでしょ、それもライブのうちなんだから。
A.いやーかないませんなあ。
Q.いつまでもバカなこと言ってないで、最後に2000年の抱負とか、のべられるもんならのべて下さい。
A.えーっとですねぇ・・・・
Q.ハイ、ありがとうございました。
A.あっあっちょっと待って、4月の21か22日にライブやりますって。
Q.それって抱負なんですか?
A.いや抱負というホドでは・・・・
Q.じゃおしまい。もうまたこんな長くなっちゃって、妹が打つのタイヘンなんですから。
A.そ、それじゃ、抱負を持ちたいっていうのが抱負みたいな・・・・

Q.あっそれいいじゃないですか、無駄に前向きでバカっぽくて。
A.すみませんあとひとつ、毎年恒例の目標を・・・・
Q.めざせ、電撃入籍でしょ?
A.バレましたか。
Q.当たり前です、自問自答なんですから。
 
last up to date 2000.2.7


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